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太一 誕生日編
2学期の終業式の帰り道、握った手の相手をこっそり盗み見ながら機嫌は悪くなさそうだと、思い切って声を掛けた。
「蒼君、あのね、悠君が今日と明日休みなんだって、だから家に帰ろうと思うんだけど…」
あ、こめかみがピクって、怒ってる。
微妙にしかわかんないけどめっちゃ怒ってる。
「久しぶりに悠君に会いたいんだ…ダメ?」
これは平伏してお願いしないとダメっぽいかも?なんて考えていると蒼君が足を止めてこっちを見た。
「俺も行く、それでもいいなら許可するけど?」
許可ですと?
「えっと、それは僕ん家に蒼君が泊まるってことかな
??」
あんな大きな家に住んでる彼が、僕のちっぽけなアパートに来ると?
「嫌なのか?なら行くのは却下」
「あ、待って悠君に聞いてみるから、それでもいい?」
何言ってんだ、僕が自分家に帰るのになんで許可取らなきゃ行けない?って怖くて反論できないし、こんな蒼君を見てるのも悪くない。
だって僕に側にいて欲しいって事だもんね?
ポケットからスマホを取り出してささっとメールをする、するとすぐに”別にいいよ”と返事が返って来た。
「悠君がいいよ、って」
めっちゃ返事早くない?
悠君って既読スルーの王者だよ?メールなんて見てないからいつも返事なんてめっちゃ遅いのに、ちょっとビックリしちゃったよ、僕。
「なら帰って用意しようぜ、今日は前川が休みだから自分達でやらないとな」
初めての僕ん家、ちょっとワクワクしてるっぽい?
ってゆーのも、仲良さげな友達と話す時は普通に喜怒哀楽がわかりやすいんだけど、僕との会話の時はちょっと難しい、僕しかわからない変化、みたいな?
これも愛の力なの??
あ、自分で言っててめっちゃ恥ずかしい。
なんて百面相していたら蒼君が足を止めてこっちを向いた。
「変な顔、何考えてる?」
え?あ?急に話を振られて不埒な妄想していた僕はアワアワってなっていた。
「あ、蒼君ってもしかしてぼ、僕の事めっちゃ好きなのかな、ならいいんだけどなーーなんて考えてました…」
って何言ってんだ、僕!
反応が…めっちゃ怖い”そんなわけないだろ”なんて言われたらどーしよう。
少し蒼君を盗み見た、すると
「好きだよ、悪いか…」
顔を赤らめてそれだけ言ってふいっと背けた。
まさかのデレですと??
めっちゃ可愛いんですけど??
これが世に言う”ツンデレ”ですか??
握った手とは反対の手で服の裾を引っ張った僕は
「蒼君、僕キスしたい」
顔を見れない、だけど愛おしくてたまんなくなった。
手を握り返して来た蒼君が”早く帰ろ”そう言って少し早歩きで家に向かったんだ。
その後、いっぱいキスをして、昂ったモノをお互いに高め合ったのは言うまでもない。
僕たちまだ最後まではしてないんだよね、僕は待ってるんだけどなー。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
簡単に用意をまとめて2人して僕ん家に向かった。
ドアを開けると見慣れない靴が置いてあって誰だろう?と訝しげに中に入ると、見慣れた人が悠君に膝枕をしていて2人で驚いた。
当の悠君は寝ているんだけど…
「お帰りなさい」
そう言ったその人は、普段のかっちりとしたイメージとは違い、髪も服装も年相応にラフな雰囲気で纏めていて、こんなに若かったんだとちょっとびっくりした。
「なんで前川さんがここに??」
「さて、何でだと思います?」
蒼君は何かピンと来たのか、笑ってこたつに腰を下ろした。
「そっか、だからあの時返事が早かったんだ、知り合い、と言うかそーゆー仲なんだ、驚いた」
「え?何のこと?」
僕は状況が掴めず蒼君と前川さんを交互に見た。
前川さんは寝ている悠君の髪を愛おしそうに撫でている。
「君達が知り合うずっと前から、わた…俺たちは知り合い…違うな、付き合ってるんだよ」
ええ?なにそれ?
悠君にそんな相手が居たなんて知らなかったし、それが前川さんだなんて、超びっくりなんですけど…!!
「ごめんね、鈴木君。新城寺家に来た時から君のことわかっていたんだけど、言えなくてさ、悠太にも口止めされていたから言えなかったんだ、もちろん蒼君にもね」
「なんか蒼君って昔に戻ったみたいだね、先生」
先生?
「あ、むかし前川は俺の家庭教師だったんだよ」
「それよりもっと前から悠太と出逢ってるんだけどね」
「悠君からそんな話聞いたことないから…」
「んー、複雑なんじゃない?悠太も」
悠君の髪を撫でながら少し肩を揺さぶって声をかける
「悠太、早く起きなきゃ」
「ん…うん…」
開き切らない目を擦りながら起き上がり悠君は前川さんに抱きついた。
「眠い…」
「うん、早く顔洗っといで?」
「亮司、連れてって…」
「わかった」
前川さんはそのまま悠君を抱っこし、持ち上げて洗面所に連れて行った。
一連の流れを見ながら唖然とした僕は蒼君の腕を掴んでいた。
悠君ってあんなに甘えるんだ、僕の前ではちょっとだらしないけど、めちゃくちゃ大人なのに…なんか複雑だな…。
「先生格好いいじゃん、なぁ、悠君って太一そっくりな、ちょっと驚いた」
そうなんだ、僕って悠君と似ているんだよ、ぼんやりしてるとこも。
「ん、生まれた時、悠君に似てるからって、お父さんが悠君の名前の一文字をとって僕の太一って名前を決めたらしいよ」
見ては行けないモノを見ちゃった感じ、気まずいよ!
2人で話をしていたら抱っこされた悠君が部屋に入って来たけど、僕を見てめちゃくちゃ慌てて下ろしてと言った。
でも前川さんはいたずらっぽくそのままこたつに悠君を抱っこしたまま座った。
「太一、見ないで…」
「あ、う、うん、でもここ狭いから、みたくなくても見えちゃうよ…」
”叔父さん”のこんな姿、気まずいよ!
「初めまして、新城寺です」
「もう、亮司下ろして!」
笑いながら”はいはい”と言って悠君を隣に座らせた。
「ご、ごめんね、初めまして太一の叔父の鈴木です、君が来るなんて知らなかった」
「え?メールで送ったらいいよ、って言ってたんじゃぁ…」
「悠太寝てたから、俺が返事しておいた」
なるほど、だから返事が早かったわけか、悠君自分で納得したら返事したつもりになって既読スルーだもんな。
「おっ、お前勝手に…」
「鈴木君と蒼君がこんな関係になってるのにもう隠し切れないだろ、俺も隠したくないしな」
悠君の伸びた髪を耳にかけた前川さんは、悠君を好きで好きで仕方ないって表情で見ている。
悠君、こんなに愛されてるんだ、何だか胸が温かくなって思わず微笑んでしまった。
「なんか、よかったね悠君、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「言えるわけないだろう、甥っ子の前でそんなこと」
「まぁそうだね、でも悠君にちゃんとした”いい人”がいて僕安心した、幸せなんだね」
両親が亡くなってから、これからどうしようと路頭に迷いかけた、でも”2人で頑張って行こうね”と言僕を抱きしめて一緒に泣いてくれたの悠君だけだった。
あの時どれだけ悠君の優しさが胸に沁みたと思う?
僕がいる事で、恋愛できなくなったらどうしよう、結婚とか?って真剣に考えたこともあったんだ。
だから
「本当に良かった…」
蒼君が頭を撫でてきて、机の上のティッシュで溢れ出す涙を拭ってくれた。
「ぼ…僕、悠君に幸せになって欲しかったんだ、前川さんなら安心だね」
言ったらなんかスッキリしちゃって大声で泣いちゃったら悠君も泣き出した。
モブな2人がわんわん泣いて、イケメン2人に優しく甲斐甲斐しく慰められている。
結局、食事を作る状況じゃなくなって、皆んなでご飯を食べに行った。
前川さんが悠君との出会いのあれこれを事細かに教えてくれて、悠君がまたアワアワってなって、僕たちの馴れ初めも話した。
その日はとても楽しい一日になったけど、2人の邪魔しちゃいけないから、蒼君と2人で新城寺の家に戻った。
蒼君が、今頃前川と悠君絶対やらしいことしてるぞって揶揄うから、僕は真っ赤になって彼の背中を思いっきり叩いた。
ね?
気まずいじゃんね?
叔父さんの情事なんてさ。
で、僕らはキスしてイチャイチャして布団で寄り添って眠ったんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日、僕は蒼君に買い物を山ほど頼まれて、前川さんに車を出してもらった。
なんで?一緒に行かないの?
って聞いたけど、何も言わずに追い出された。
前川さんが運転する車に乗って都心まで出掛けたけど、買い物するのも荷物を持つのもさせてくれなくて、結局僕は殆ど役立たずで、なんで連れて来られたのか全くわからなかった。
「太一君疲れてない?大丈夫?」
「あ、はい大丈夫です」
いや、疲れてるのは僕じゃなくて山ほど荷物を持っているの前川さんじゃない?
でも前川さんって、蒼君とはまた違ったイケメンだよな、蒼君がキラキラのアイドルって感じなら、前川さんは硬派な俳優さんって感じ。
頼り甲斐もあるし、仕事も出来る。
悠君いい人見つけたよね、めちゃくちゃ自慢できる彼氏じゃん。
「太一君って本当に悠太に似てるよね、顔はちょっと違うけど、雰囲気が?俺初めて新城寺に君が来た時に、若い時の悠太にそっくりでちょっとびっくりしたもんなぁ」
「はい、よく言われます、でも僕は悠君みたいにだらしなくありませんよ?」
「全くだ、あいつ片付けも出来ないし、飯も作れないもんな、俺と太一君が居なきゃ今頃部屋はゴミ屋敷じゃないか、って思うよ。」
「ですね、僕もそう思います、でも悠君はちょっと抜けてるくらいが可愛いってそう思うんですよね、すみません、僕より長く一緒いる人にこんなこと言うなんて」
「そんなことないよ、俺もそう思ってる。君が悠太のところに来て俺ちよっと嫉妬したんだよ、これからあいつの世話が出来なくなるんだって」
「あ…そうですよね、すみません」
「何で太一君が謝るの?君が来てくれてマジ嫉妬もしたけど、安心もしたんだ」
「それはどうしてですか?」
「あの日、お兄さん夫婦の事故の知らせを聞いて俺も一緒に病院に向かったんだよね、病院に到着するまであいつ”僕はもう1人になっちゃった”って泣き続けていたんだけど、君が生きているって知ったら心底安心したように”しっかりしなきゃ、兄さんに顔向けできない”って。僕に家族を残してくれてありがとう兄さんって、その時は君の存在を感謝したな、俺じゃ悠太の悲しみを癒してやれなかっただろうから」
そんなことがあったんだ…もう小さい頃のことだから僕は余り覚えてないんだけどさ。
目が覚めて悠君の目がめっちゃ腫れてたのだけは覚えてる、でまた泣き出したんだけどね、悠君。
「僕も悠君がいてくれて本当に良かったです」
「それとね、蒼君の事も」
駐車場に着いて前川さんは荷物を後部座席に置いて運転席に乗り込んだ。
僕も助手席に乗ると前川さんは話を続けた。
「元々俺は蒼君の家庭教師だったんだよね、初めは大学の教授に頼まれて彼の面倒をみていたんだけど、家庭環境がね、俺とよく似ていてさ、放って置けなくなった。だからって新城寺家みたいな大きな家の子に俺が出来る事なんて見守るくらいだったんだけど、そんな時に今の職を蒼君の祖父から提示されてそのままこの仕事に着いた。でも、環境を改善させるだけで、彼の心情なんかはなかなか変えられなくてさ、そんな時に君が現れて状況が一変していった。」
中学の時は”キラキラ主人公め”なんてずっと思ってた。
カーストトップで、クラスの人気者でバスケのエースでキャプテン。
僕とは違って何でも持ってる、あの時はそう思っていた。
なのに蓋を開けてみると寂しがり屋の大きな子供がそこに居た、僕なんかに執着して我儘を言うくせにどこか素直な可愛い彼。
「僕は、中学の時から逃げて逃げて逃げまくっていたんです、あんなキラキラした人と接点が出来ると思ってなかったし、傲慢じゃなくて、ただの我儘だってわかったのも高校に入ってからなんです。」
下僕だ、奴隷だって言葉は本心じゃなく、そばに置く口実みたいなものだった。
「蒼君、中学の時から君に執着してたよ、僕たちがみてもわかるほどにね」
「…なんでですかね?」
それから、僕の知らない蒼君のことをたくさん話してくれて時間はあっという間に過ぎ、新城寺の家へ着いた。
「荷物は俺が持っていくから、君は先に家に入ってて」
駐車場の裏から階段を上がり玄関に通じるドアを開けた瞬間色んな所からクラッカーがパパンと飛んできた。
「誕生日おめでとう!」
「お誕生日おめでとう御座います!」
玄関に蒼君やメイドの皆さん、悠君までいて僕は呆気にとられ後ろを振り向くと前川さんまでもが当たり前の様にクラッカーを鳴らしていた。
「えっ?、ええっ??」
誕生日を忘れていた訳じゃないけど、ちょっとびっくりして蒼君をみた。
「約束しただろ、今年の誕生日はちゃんとお祝いさせてくれ、って」
「ん、今年は皆んなで色々計画してたんだよね、太一おめでとう」
後から来た前川さんが悠君の隣に立って微笑んでいる。
「あ…あの…」
「何泣いてんだ、素直に笑顔で喜べよ」
「こっ、こんな…に皆んなでいっ…祝ってもらえるなんてお…思わなくて」
蒼君が手招きをし、手を広げたのでその胸に飛び込んだ。
よしよしと言って頭を撫でてくる。
「今年は皆んなに手伝ってもらって俺がマフィン焼いたんだぞ、一緒に食べような」
うわーん!!!
大声で我を忘れて大泣きしちゃった。
いつも1人だった誕生日、蒼君と出会わなければ1人か悠君と2人の誕生日だっかもしれない。
誕生日もクリスマスイブもどっちも祝ってもらえないなんて、僕ってなんて不幸なんだろう、っていつも誕生日の夜は布団の中で何度もそう思った。
去年が今までで1番の誕生日だった。
でも今年は生まれて来て一番の誕生日とクリスマスイブだ、周りにたくさんの人がいて、その人達に祝ってもらえる。
「蒼君、ありがとう、大好き」
最後の言葉は少し小さな声で言った。
耳元では蒼君が
「俺も…太一が大好きだ」と。
そして僕はまた大声を出して泣いちゃって、悠君や前川さんにもヨシヨシされてしまった。
新城寺家の大きなリビングで、蒼君が焼いた?マフィンを去年みたいにメイドさんがデコレーションしてくれて、蒼君が誕生日の歌を歌ってくれた。
けど、思ってたのとは違って、意外と蒼君は音痴だったのが発覚し、皆んなで笑って蒼君が拗ねて楽しい時間は終わった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
誕生日パーティーが終わり、部屋に入ってすぐ蒼君に後ろから抱きしめられた。
「蒼君…」
「やっとちゃんと誕生日を祝えた…」
「めちゃくちゃ嬉しかった」
「太一、これ」
プレゼントと言って首にネックレスを掛けられた、先についてる指輪を見せて僕に「20歳になったらこれ薬指に着けてくれない?」
「えっ?」
「俺とこれからもずっと一緒にいて欲しい、たぶん俺はもう太一だけだから」
「いいの?」
電気のついてない部屋は暗くて、もちろん後ろから抱きしめられているから、蒼君の顔も見えない。
けど、少し彼の声が震えてる。
僕が断るとでも思ってる?そんな訳ないじゃん!
後ろを振り返って背伸びをした僕はそのまま蒼君にキスをした。
「幸せにします」
「それ俺のセリフ」
「僕が蒼君を世界で一番幸せにしたいの」
ははっ、と笑って瞳から一筋の涙を流した蒼君は笑いながらたくさんの涙を流した。
「幸せにしてくれ、太一」
「うん!!」
大好きだよ、蒼君、僕が出来ることなんてちっぽけな幸せかもしれない、けど、小さなどこにでもある暖かい場所を見つけて2人で幸せになれたらいいよね。
僕と蒼君は自然に近づいて触れるだけの軽いキスをし、2人で抱きしめ合った。
今日はとても素敵な誕生日で、とてもハッピーなクリスマスイブになったんだ、君がそれを与えてくれた、世界で一番大好きだよ!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
毎日が自堕落的な日々だった。
なんでもできる、なんでも持ってる、人は俺の事を完璧で完全な人間だと思いこみ、その枠に嵌めたがった。
だからって完璧な”新城寺”を演じていた訳じゃない、強いて言えば俺が弱い自分を見せられなくてプライドだけで生きてきたみたいなものだ。
いつから朝が苦手になったのか?
起きれない訳じゃない。
また何も持っていない自分が全てを勝ち得た人間を演じる時間が始まる、からっぽのグラスに持っていない感情や愛情を注ぎ入れて”新城寺蒼”を完璧にこなさなきゃいけない。
だってそうだろ?
親に会った時、可哀想な奴、寂しい奴、バカな奴、になんて絶対思われたくない。
何も持っていない俺が、全てを勝ち得た人間に見せなきゃいけない、完璧な人間を演じるのは神経がすり減って本当に辛い。
朝、目が覚めても暫く起き上がれないんだよ。
空っぽの身体に少しずつ幸せな俺、親に愛されている俺、クラスメイトや教師に頼られる俺、格好いい俺、を足先から注ぎ込んで行かなきゃならない。
本当の俺は何も持っていないのに…
だから朝が嫌いだった、本当に大嫌いだったんだ…
布団の中でモゾモゾする生き物が苦しくて顔を上げた。
でもまだ目は覚めていない。
腕の中に擦り寄ってきてそれを抱き留める。
少し硬めの黒い髪。
パーツの配置は悪くないのに、目立たない地味な顔。
なのに可愛くて愛おしくて何もかもが好ましく思う。
空っぽの俺を掬い上げてくれた、誰よりも愛しい人。
「そろそろ起きようか?」
いつもは俺が起こされて執拗に抱き付く。
今までは自分の空想で満たしていたものを全て与えてくれる存在がここにいる、起き上がるまでその温もりに幸せをMIXしたのもをこの小さく暖かい優しさで満ち溢れた”人”によって注がれていく。
それを実感するように朝の短い時間を堪能するんだ。
今日はいつもの朝とは違うので、彼より少し早く目を覚まして、じっと彼を見つめていた。
「ん…、早いね蒼君」
小さな目を擦り俺を見上げる。
今日お前の誕生日だろ、なんて言いたいけど言わない。
何日も前から周りを巻き込んでこの日を迎えたんだ、どうしてもサプライズとして祝ってやりたい。
「昨日言ってた通り、前川と買い物して来てくれない?俺、爺さんとこ行かなきゃだから」
「んー、わかった…今日寒いね、ちょっとだけ暖めて欲しいなぁ」
擦り寄ってくっついてきた、めちゃクソ可愛いなぁ、おい!
いつからだろう、こいつをこんなに可愛いく思ったり、愛おしく感じたりしたのは…。
最初は少し気になっただけだった、あのムクドリの雛事件で、こいつなら俺をこんな優しい眼差しで見てもらえるかも知れない、なんて考えたのがきっかけだったような気がする。
それも間違いじゃなかったんだけど。
「それ反則、離れたくなくなるやつ」
「ん…ならギュッとして」
なにこれ、なんの生き物??
可愛過ぎて息が止まりそう。
「今日は本当にもうダメ、な、早く起きろ」
「ゔ〜ん」
目は開いてないのに頬を膨らませている、可愛過ぎだろ!
俺は瀕死になりながら太一を起こし家から追い出した。
爺さんのところに行くなんて大嘘で、これからサプライズのための準備をする。
そう、今日はクリスマスイブで太一の誕生日なんだ。
去年は何も知らずクリスマスイブのとして皆んなで楽しんだ、けど今年はちゃんと太一の誕生日として祝ってやりたい。
その事を前川に相談すると悠君にまで伝わり、ならサプライズで喜ばせてやろうと言うことになった。
昨日の夜、太一が寝たのを見計らい、メイドにマフィンの作り方を教わった。
とりあえず種は冷蔵庫に眠っているので、これからオーブンで焼き上げる。
エプロンをつけて腕まくりをし、作業に取り掛かる。
誰かのために何かをする、太一に出会わなければ一生エプロンなんてつけなかったし、料理もしなかった。
こんな時間が充実して幸せだ。
出来上がったマフィンは最高の仕上がりではないけれど、あいつならきっと喜んでくれる。
そう思える相手が太一でよかった。
暫くして悠君がやって来て、風船のhappy birthdayを飾りつけたり、小学生が作ったような不格好な飾りを得意げにリビングに飾りつけた。
前川のメールでは後30分で到着するらしい。
それを悠君に伝えると、彼が俺にお礼を言って来た。
「蒼君、本当にありがとうね、君にはいつかちゃんとお礼を言わなきゃと思ってたんだ」
「いえ、そんなお礼なんて」
「ううん、僕ね、交番勤務の時はまだこんなに家を空けたりしなかったんだよ、だけど刑事になってから1人にする事が多くなっちゃってさ、誕生日は祝ってやれないし、泊まりで何処かに連れて行ってもやれなくなっちゃって、太一は自分の親が事故で亡くなってから、我儘も言わなくなって、逆に僕の心配ばかりするようになったんだ。でも君の事で忙しくしている太一は今までと違って楽しそうだったんだ、下僕だ、なんだ言ってたけどね」
そう言って笑って俺を見た。
「あ…それはなんて言って良いのか…すみません」
「謝って欲しいなんて思ってないよ、だってあんなイキイキした太一は兄さん夫婦が生きていた時みたいだったからさ、やっぱ1人で寂しかったんだな、俺親代わり失格だって反省したよ」
笑う笑顔が太一そっくりで、本当は悠君の子供じゃないのかな、なんて思ってしまいそうだ。
その彼が苦笑いをして下を向いてしまった。
「いえ、助けられたのは俺の方です。俺はあの頃、親のことで自分が潰れてしまいそうだったんです、家庭的な事は何も知らずに育ちましたから、何が寂しくて、何が辛いのかさえもわからず、この虚無感はなんなのか、ずっと深い闇の底にいたんです。だから太一の言動や、彼の作る普通の家庭の弁当が俺にとっては涙が出るほど嬉しかった。だからあの時、泊まる事を許してもらえて、朝誰かがそばに居る喜びを噛み締められました、本当に感謝しかないです。」
中学のあの日遅刻して良かった、あのムクドリの様に今は太一に見守ってもらってる。
あの出会った日から俺もワクワクドキドキして今日までの日が一瞬だった、本当に今幸せなんだ。
「それは、ね、亮司もいたし」
悠君は少し困ったように笑って、俺の頭に手を置いて撫でてきた。
「君の事は亮司から少しだけ聞いてるよ、よく頑張ったね、これから皆んなで幸せになろう、ね?」
あ、これダメなやつ。
太一と同じ顔でこんな事言われたら涙腺が我慢出来なくなる…
「君はとっても良い子だよ」
流れ落ちる涙を見ながら、優しさを肌で受け止める。
ダメだ、今日は太一の誕生日、泣いてるわけには行かない。
丁度そこでスマホが震えて前川からメールが来た。
「もう帰ってくるって?」
「はい、もうすぐみたいです」
「なら笑顔で祝ってあげなきゃね」
笑顔でそう言った悠君は俺の肩を叩いて
「君たちが幸せなら僕らも幸せなんだ、だから、大事にしてよね、太一を」
心の底から声を出して答えた。
「はい!!」
それから太一をクラッカーで迎えて盛大にお祝いした。
途中、俺の歌を聴いた皆んなは大笑いし、太一に
「君にも苦手なものがあったんだね」
と言われた。
こんなに家が賑やかなのも、この家では初めての事だった。
暖かい、本当に幸せの温かさだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
誕生日プレゼントはもう決めていた。
ネックレスに太一の指に合わせた指輪を通してプレゼントする。
俺の区切りとして20歳になったらその指輪を指に嵌めてもらうんだって。
本当は今すぐ嵌めて俺から逃げられないようにしたい、でも縛りたくないから、20歳になったら決めてもらおうと思ってる。
「太一、20歳になったらこれ薬指に着けてくれない?」
「えっ?」
「俺とこれからもずっと一緒にいて欲しい、たぶん俺はもう太一だけだから」
「いいの?」
後ろから抱きついて太一の返事を待っている。
声が震える、心臓が鳴り響く。
ほんの数秒なのに、返事を待つ時間がもの凄く長く感じる。
「幸せにします」
「それ俺のセリフ」
ああ、良かった。
「僕が蒼君を世界で一番幸せにしたいの」
ははっ、と笑いが漏れて幸せを実感する。
俺の頬が涙に濡れていた。
「幸せにしてくれ、太一」
「うん!!」
今まで、俺が家族に恵まれなかったのは太一と出会う為だったと思える程全てが満ち足りている。
触れるだけのキスをして腕の中に太一を閉じ込めた。
絶対不幸にはしない。
俺が太一をこの世界で1番幸せにしてやる。
そして俺を幸せにしてくれ!
2人で幸せを勝ち取ってやろうぜ、太一。
end
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
クリスマスに間に合いませんでした、仕事が忙しすぎて。
初夜がまだなので、また短編を書く予定です。
皆さん読んでくださってありがとうございます。
よいお年をお迎えください。
桃栗
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