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プロローグ
大丈夫、髪なんてすぐに伸びるもの。
何もかも終わったら、好きなだけ伸ばせばいい。
髪も身体も何もかも、自由になれるのだから。
そう自分を慰めながら、喜多治一葉は鏡に映る短い髪を櫛で丁寧に梳かす。
『一葉の髪は母さん譲りだなぁ』
嬉しそうに優しく頭を撫でてくれた父のことを思い出す。
もう三年会っていない。
元気でいるだろうか。
生きて……いてくれているだろうか。
泣いたら駄目だ。
目を腫らして出ていこうものならまた何を言われるか。
一葉は喉の奥からぐうっとせり上がってくるものを堪えた。
堪えろ。堪えろ。もう少しの辛抱だ。
この任務を終えたら自由になれる。
髪の短い女性があの方の好みだからと、腰まで伸びた黒髪をバッサリ切ったのは一週間前のことだった。嫌だと拒否する権利など自分にはない。この家に来てから、そもそも自分は何かを選べるような立場にない。髪型も服装も食事も結婚相手さえも、何もかも養父母に決められていた。
切った髪は耳にかかる程度の長さはあるが化粧もせず着物も無地では、一瞬少年と見間違うような風貌だった。
今の自分の姿で会ったら、父と母はどんな顔をするだろう。悲しむだろうか。堪えろと思うのにふとした瞬間で二人の顔が浮かんでしまうのはどうしようもなかった。
「お父様……お母様……一葉は大丈夫です。きちんと務めを果たしてまいります」
一葉は鏡に映る自分を見つめながら、自分ではない人々に思いを馳せた。
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