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一階に降りて台所へ行くと、三上が夕餉の準備をしていた。
「何かお手伝いできることはありませんか?」
一葉は手を洗いながら三上に声を掛ける。三上は恐縮していたが、一葉は保胤様のお食事の好みを早く知りたいのですと言って懇願した。
「そういえば……保胤様はさつま芋はお嫌いなのでしょうか?」
玉ねぎの皮を剝きながら一葉は三上に尋ねた。
「いいえ? お好きですよ。あのように庭でよく焼いて召し上がるほどですから」
「…………そう、ですか」
努めて顔色を変えずに一葉は玉ねぎの皮を剥くことに集中した。
どうして嘘をつかれたのか。身に覚えがあり過ぎる。
最初に私の姿を見た時、ひどく警戒していた。名前を名乗っても嘘だなんていうほどだ。もしかしたら、保胤様はすでに自分の正体を怪しまれているのかもしれない。
(ここで私が失敗したらお父様とお母様の身に何が起こるか分からないわ……)
喜多治家に養子に入って以来、一度も会っていない父と母。慶一郎からは借金返済のため喜多治屋の上海支社に駐在員として働いていると聞いたが、支社のある住所へ手紙を書いても一度も返ってくることはなかった。実際は生きているのかさえ分からないままだ。
父と母を一刻も早く日本に連れ戻したい。
そのためならどんなことでもする覚悟で一葉はこの三年間必死に生きてきた。
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