3:旦那様のお好み

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「あら、今夜はお出かけでございますか?」  先ほど庭で見かけた着物姿ではなく、ビシッとした背広姿の保胤に一葉は少し目を見張った。男性の服装に疎い一葉でも分かるほど上等な布で仕立てられた紺の背広は恰幅の良い保胤の身体にぴったりと合っていた。 「ええ、今夜は黒菱賓業の常務と会食です。帰りは遅くなるかと思います。おや……」    何かに気付いた様子で台所の中へと進み、保胤は一葉の隣に立った。 「今夜の味噌汁はあおさと豆腐でしたか。これは惜しいことをしました」 「志摩のあおさをいただきましてね。今夜のお味噌汁は一葉様が作ってくださったんですよ」  へえと言い、隣の一葉の方を見る。見下ろされるような形で目が合い、少し照れくさくなった。 「それください」 「えっ?」  保胤は一葉が手に持っていた小皿に目をやると一葉の手首を掴んだ。頭を下げ小皿に唇を寄せて小皿に残った汁をちゅぅと吸った。 「……ン、これはなかなか。一杯分残しておいてもらえませんか? 吞んで来るので帰ってからいただきます」  突然の距離感と行動に、一葉は顔を真っ赤にした。手首を捕んだ保胤の手の冷たさと前髪の感触が妙にこそばい。 「あ……あの……! 手を……!」 「ああ、これは失礼」  保胤は一葉の手を離し、素早くマスクを装着する。あまりにも一瞬の動きでマスクを外した瞬間は見えなかった。 「では、行ってまいります」  一葉の頭をぽんと撫でるように触れて台所を出て行った。見送るために三上がその後を追い、その10秒遅れて「あ、私もやんなきゃだ!」と急いで玄関まで見送った。
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