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1:嫁入りの日
「一葉様、お仕度整いましたでしょうか?」
「え、ああ! はい、はい! い、いま、整います! 今すぐ!」
襖の外から声を掛けられ準備を急ぐ。せめて髪を綺麗にと思ったが、これだけ短いといくらやったところで大差はないだろう。
一葉は櫛をトランクに仕舞った。トランクの中は数着の反物と父と母の写真。そしていくつかの仕事道具。元々自前のものは少ない。鍵をかけて持ち上げると軽かった。
「旦那様と奥様がお待ちです。お急ぎください」
「すみません……!」
迎えに来た使用人の後ろをついていくと大広間に通された。中に入るとこの家の主とその妻が一葉を待ち構えていた。一葉の姿を見ると、家の主・喜多治慶一郎は座るよう促す。一葉は膝をつき、二人に頭を下げた。
「えーと……、お養父様、お養母様。大変お世話になりました……?」
広い部屋に「はぁ……」と心底うんざりしたようなため息が響いた。
ああ、これはしょっぱなから失敗しちゃったな。
「なんて締まりのない……ここで疑問形で挨拶をするとはどういうつもりだ。最後に嫌味の一つでも言いたいのか?」
「も、申し訳ありません! そのようなつもりは……!」
こういう時どのように振舞えばいいのか一葉も手探りだった。台本があればいいのだけれど、何せ役者は自分のみで目の前にいる二人は舞台には立たない。うまく立ち回れない自分に非があるのは事実だった。
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