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「あなた、もういいではありませんか。今日は一葉ちゃんの門出ですよ。笑って送り出してやりましょう」
隣にいた慶一郎の妻・喜多治玲子が夫を諭す。一葉がちらりと玲子を見ると、にこりと微笑み返された。
(う……この笑顔は苦手だ)
一葉は背中が冷たくなるのを感じて顔を下げて畳をみつめた。
「……まぁ、いい。いいか、保胤殿のいうことは全て聞くように。このようなご縁、二度とないチャンスだ。決してしくじるな」
慶一郎は部下に命令するかのように一葉に言い放つ。
「一葉ちゃん、あなたは今日から緒方家の人間です。どんなに辛くともご自分の役目を全うすること。それが我が喜多治家への恩となることを決して忘れてはなりませんよ」
続けて玲子が語り掛ける。口調は優しいのに突き放すような言葉だった。
「はい……承知しております……行って参ります」
一葉は畳に額をこすり付けんばかりに深々と頭を下げた。
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