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「誰?」
「ヒッ!」
覆面男はズンズンと大股でこちらに向かって歩いてくる。覆面といっても鼻から下半分だけで目元は露わになっている。睨みながら近づいてくるものだから一葉は思わず後ずさりした。
「誰だって聞いてるんだけど」
「え、あ、ええと、か、勝手に入って申し訳ありません! 喜多治一葉でございます!」
「嘘だな」
「え、ええぇ……?」
名乗っても嘘だと問われるとは思わず一葉は困惑した。もしかして家を間違えたのだろうか。運転手さん、住所ここで本当に合ってる?
「まぁ! 一葉様! どうなさったんですか!?」
覆面男の後ろから慌てた声がする。見ると、可愛らしいおばあさんがパタパタと草履を鳴らして急ぎ足でこちらに向かってきた。手には新聞紙の束を抱えていた。
「保胤様! 一葉様でございますよ!」
保胤と呼ばれた人物はおばあさんの方を振り向く。
「一葉……?」
「あなた様の奥様になられる方です! とぼけないでくださいな!」
「一葉さんかどうか確証が持てないじゃないですか」
「何を寝ぼけたことおっしゃってるんです。この日を待ち望んでいたくせに」
「三上さん、だってさ――」
一葉は保胤と呼ばれた男と三上と呼ばれたおばあさんの顔を交互に見る。一葉の視線に気付いて、おばあさんが優しく微笑み返してくれた。
「一葉様、申し訳ありません。ご挨拶が遅れました、三上と申します。緒方家で保胤様の身の回りのお世話を務めさせていただいております」
一葉よりも小さな身体の三上は深々と頭を下げた。一葉も恐縮しながらぺこりと頭を下げる。
「あの……今日はどうなさったのですか? 嫁入りの日は来週では……」
「えっ!?」
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