白銀の

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白銀の

 白銀の       「また白髪の鬼が出たってよ」 「またかよ。全部盗っちまった後に結局は殺されるんだろ? あぁ、やだやだ」 「この辺も物騒になっちまったな」 「だなぁ。うー寒い。人気があるうちに入ってさっさと帰ろうぜ」 「そうだな」    まだ新雪が残る湯屋。今日は朝から一段と冷え込んで、時々ちらちらと雪が舞った。    ——白髪? まさかな……。    湯屋を出て話をしている二人組の男達とすれ違う。新月の下で顔を見られないように少し俯き、その足音が遠ざかっていった。   「……はぁーっ」    せっかく湯に浸ったというのにもうから手がかじかんでいる。乾燥した両の手を擦り合わせ、橋へと差し掛かった。   「……」    ふと目をやると、橋の上に一人の、おそらくは男。欄干で川の影の漆黒に目をやり、その頭には笠を被っている。すらり、凛と立つ絵になるその姿に、なぜか目を逸らせず鉛が張り付くようにずんと足取りが重くなった。   「……もし」 「……?」    やはり、男だ。すれ違い様その声に呼び止められ、クイ、と男が笠の端をつまんで顔を見せた。   「京介(きょうすけ)様では、ありませんか」    はっと目を見開く。   「……。……、……右京(うきょう)。右京なのか」    月の眩いほどの光が整った男の微笑んだ顔を照らした。それは先程の男達の話の中に出てきた、白髪の男であった。   「京介様……お会いしとうございました」    笠を脱ぎ、その白銀が()の黒に切り取られたようにさらりと輝いていた。       「……久々だな。右京。元気にしていたか」 「はい。京介様も……お元気そうでなによりです」 「はは。なんだ、他人行儀だな。久方ぶりだというのに」 「……はい」 「……、……」  じっと京介様を見ていると、すぐにパッと目を逸らされる。ここでは何だからと、少し離れた閉まっている団子屋の軒下の長椅子に二人で腰掛けた。他愛のない話の中で、いつ切り出そうかと俺はその瞬間を待った。   「……いつここに?」 「ひと月程前に……。宗一郎様が逝去されたと聞いて」 「……そうだったのか」    俺が宗一郎様の名を出した途端、その視線を曇らせて地面に落とした。それもそのはず、宗一郎様は京介様の叔父であり、この辺一帯を治める君主だった。親のいない京介様の父親のような人。そして、裏で民からは暴君と呼ばれていた人。   「葬式には間に合いませんでしたが……京介様のことが気になって」 「そうか……。……右京、お前は知らないかもしれないが」 「知っていますよ」 「……そうか」    俺の返事に声量を落として京介様が答えた。京介様は叔父である宗一郎様を慕っていたが、その人望のなさ故、生前の行い故、亡くなった途端民は京介様一族を拒絶した。噂は俺の耳にも入ってきていた。一族は家を追われ、ばらばらになったと。跡取りのはずの京介様も例外ではなく、家を追われ放浪者のようなことをしている、と。   「なら話は早い。俺と一緒に居たら何をされるか……また会えて嬉しかったよ、右京」    立ち上がってそう言った京介様が、元気でな。と俺に告げた。見上げたその先には、相変わらずの柔らかい表情。何度この姿に胸を打たれただろうか。   「待ってください、京介様」 「……っ」    ぐい、と京介様の召物の袖を掴む。無礼だとわかっていても、引き下がるなどということはできなかった。   「お供させてください。京介様」 「う、右京」 「決して足手纏いにはなりません。どうか、お願いです」 「き……気持ちは嬉しいが、右京……」 「……」    京介様が戸惑っている。簡単に突っぱねられずには済んだが、しばらく俺達の間に沈黙が流れた。   「右京……俺は……」 「いたぞ!」    その声と共に向こうの方から人影が近付いてきた。三人程の塊。手前の二人は手に刀を持っており、後ろの人間は弓を持っている。   「撒いたと思ったんだが……」 「京介様」 「右京。ここにいろ。できるだけ身を低くしていてくれ」 「京介様っ」    シャラ、と腰刀を抜いてその塊の元へと歩を進めた。   「……」  馬鹿が。あれでは、すぐにやられるな……。   「その首もらっ……!」    ざっ、ざっ、と寸分の狂いもなく男達の喉元から鮮血が吹き出す。大きく振りかぶっていた手前の二人はものの十秒もせずにどさどさと地面に倒れ落ちた。   「……ひっ」    弓を射る暇もなく、その惨状を見た後ろの男が蒼白になって後ずさった。倒れた男達を一瞥した後、京介様は、じり、とそいつに体を向けた。   「……クソッ!」    竹藪の中へと男が消えていく。ガサガサという音がした後、雪混じりの風がびゅうぅ……と吹き荒んでいった。       「……」 「右京。……すまない。つまらないものを見せた」 「いえ……お見事です」 「人が集まる前に去ろう」 「……はい」    さすがだ。京介様はひとつも返り血を浴びず、着崩れさせもせず事を済ませた。その姿にゾクリとしたものを背に感じる。足早に先を行く京介様の背中。ずっと、憧れてきた……。   「……俺に付いてきたいと言ったな」 「……はい」 「やめておいた方がいい。さっきのでわかっただろう」 「……ふふ」 「……なぜ笑う」    くすりと俺が笑うと、京介様が歩みを止めて俺に振り返った。   「そんなことは百も承知。あなたとなら地獄へでも共に参りましょう」 「……右京。本気か」 「もちろんです、京介様」 「あのような事はもう一度や二度ではない」 「わかっています。あなたの立ち位置を」 「……」 「あなたにお仕えするはずだった私の行く末を、預かってはくれませんか」 「……」 「先程はお見せできませんでしたが、私も少しは。あなた程では、ありませんが」    シュラ、と、京介様の刀よりも短い腰刀を半分抜いて見せた。見せる機会があれば、是非。と京介様に言うと、視線をウロウロと泳がせて困っている様子。男達を斬り捨てた同一人物とは思えぬそれに、俺はまた頬が緩んだ。   「この先に、露天があるんです。冷えたでしょう。私のとっておきの場所なんです。行きましょう」 「あ……おい、待て右京。さっきの残党がまだその辺にいるやも……おいっ」    京介様を翻弄するように前へと出る。まるで鬼ごっこをしているかのような二人に、俺は童心に返った心地だった。        
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