幸せの種類

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幸せの種類

    「そんなに落ち込まないでください」    今日の曇天よりも顔を曇らせ、京介様は目を地の方へ傾けて足を動かした。思い当たる節はあれしかない。俺が死体から盗もうと手を潜り込ませた、あれ。   「……いつもしていたのか」 「いつも、とは?」 「……野盗を斬った後は、いつも盗んでいたのか」    俺は考えあぐねたが、振り返り正直に答えた。   「そうです。あのようになった時は、いつも」 「……俺が言っていたことは微塵も伝わっていなかったと言うことか」 「……私も生きていかねばなりませんから。特にこの容姿では目立つようですし、仕方なく」 「……右京……」    今更俺に説教しようとしても無駄だ。俺は生きるためにそうしてきた。そして、これからもその考えは変わらない。   「とにかく、次の宿まで行きましょう。日の暮れぬうちに」    俺の転々としていた根城まではもう少し歩かねばならない。京介様の足取りが重すぎて、夜までに着くか心配だ。   「次は布団がありますよ」    そう言った俺の言葉には何も返しはしなかった。俺は速度を落とさずに先を見て歩いた。また野宿するなんて寒すぎて御免だった。   「……」  パチパチと炭がはじける。この家屋もだいぶ古いが、ここには布団があって俺は気に入っていた。ちらりと視線を送っても、京介様の顔はいつまで経っても晴れない。俺は、近くの民家で交換してもらった川魚を焼いた。   「どうぞ」 「……」 「京介様。どうぞ」 「あ、ああ。ありがとう」    俺が差し出した串を受け取り、それを残念そうに眺める。盗んだ金で、とでも思っているのだろうか。   「うん。上手い。丁度いい焼け具合ですね」 「……ああ」    腹からはぐはぐと口にする俺に対して、京介様の進みはどうだ。まるで女子(おなご)がそうするように食を取った。   「……京介様。この魚を買った金は、盗んだ金ではありませんよ」 「……そうか……」 「私が都で手に入れた金です。労働して」 「都……?」 「宗一郎様に売られた夜の都で、です」 「! ……う、っ……」    京介様はハッと目を見開き、ぼとりと魚を床に落とすと口元を押さえてバタバタと忙しく表へ出て行ってしまった。   「……。意外と小心者なのかなぁ、京介様は」    ぐいぐいとひょうたんの水を呷る。野盗達から頂いた金品は隠しておいて正解だったな、と思いながら、俺は二匹目の魚に手を伸ばした。         「京介様。こちらへおいでください。温かいですよ」 「……」  冷たい床の上に立ち尽くす京介様に、にこ、と微笑んだ。   「何もしませんから。一緒に寝ませんか」 「あ、ああ……」    初めてまぐわった時のように京介様の背中にぴとりとくっつく。俺より大きな背中。いつも憧れていた背中だったが、今はこんなにも頼りなく見えてしまった。   「右京……」 「はい、なんでしょう」 「今まで何人殺めてきた」 「さぁ……何人でしょうか。覚えていません」 「……そうか」    京介様はそう言うと、ぱったりと喋らなくなってしまった。俺は体全体で京介様の温もりを感じつつ、さっき俺が何もしませんから、と言ったのが急に可笑しくなってしまって、声を出さないのに必死だった。           「また魚でも獲りに行きましょう」 「そうだな」    今日の京介様の天気はやや曇りといったところか。俺が金が尽きたことを知らせると、京介様は少しだけホッとした表情をして見せた。やや曇りと曇りを一日おきにして。   「冬の川は寒くて堪えますね」 「焚き火をしておこうか。交互に川へ入り、交互に温まろう」 「はい。そのように」    俺達は野生の少年のような暮らしをしばらく続けた。ひもじい時もあるが、京介様の側にいられる。俺にとってこんなに幸せな時間はなかった。   「京介様。すみません。全く駄目でした」    ブルブルと震えながらびしゃびしゃになった着物から水滴が滴り落ちる。結びが甘かったようだ。髪が濡れなくて良かったな、と京介様が言って、俺のかじかむ手をぎゅっと握った後貼り付く着物を脱がせてくれ、組んだ木に磔のようにして火の前に干した。   「この前にいたらだいぶ温かいぞ。乾くのに時間がかかるから、俺はなくていい」    ぶわぶわと火がおこる前に、着物を背にして座る。手をかざすとじわりと血が巡った。京介様は褌の姿で川へと入り、仕掛けておいた罠にざぶざぶと躊躇なく進んでいった。その背中が丸くなり、ん、と思っていると体ごと俺に向けて逃げようと跳ねる魚を俺に見せてくれた。   「すごい! さすがです」    京介様に見えるように手をかざして叩く。優に二人分はあるだろう。俺はそんなに食べなくても飢えに慣れているし、京介様にたくさん食べてもらいたい。俺はだいぶ温まった手をにぎにぎと握って擦って、逞しいその裸体を目に焼き付けた。    ——今日できないかな。    京介様の盛り上がった、それでいて引き締まった腕や背中に夢中になる。冬の厳しさを教えてくれる川の水が、京介様の周りでバシャバシャと跳ねた。    うと……とふいに眠気が襲ってきた。眠らずに、まだ見ていたい。あの背中に、腕に、足に、首に絡みついていたい。まぐわう時のように。そういえば最近髪や肌を褒めてもらっていないな、そう思った所までは、覚えていた。           「右京。右京。大丈夫か」 「……、……。京介、さま」 「良かった、右京」    どうやら俺は布団の上で横になっているらしい。京介様が真上から覗いてきて、心配したぞ、と俺の額の汗を手拭いで拭いた。   「……まさか、……はぁ。なんと情けない……。申し訳ありません」 「あっ、おい、起き上がるな。ひどい熱なんだから」 「……う」    抱きかかえるようにして手を背に添えてくれる。なるほど、起き上がるだけで世がぐわんと回った。ふらつく俺を、そっと横たわらせた。   「麓に下りて魚と米を交換してもらった。粥を作ったから、後で食べろ」 「……はい。ありがとう、ございます」 「ふふ。少し張り切りすぎたかな」 「面目ない……」    布団を首まで引き上げ、火照る頭でぼんやりと京介様を見た。   「そんなことはないぞ。お前が罠の術を知らなかったら、俺達は飢えて死んでいたからな。釣りも上手くないし」 「……はい」  ジャバジャバ……と音がした後、今度はひんやりとした手拭いが俺の頬や首筋を這っていった。目を閉じてその心地良さに浸る。汗で貼り付いた俺の髪を、一本一本引き剥がして横に分けてくれた。   「ゆっくり休んでくれ」    はい。ときちんと返事できただろうか。まるで夢心地。京介様が俺の看病をしてくれるなんて。また眠気に襲われて、怠い体が布団に溶けていくようだった。           「ほら」 「そ、そんなっ」 「いいから。遠慮するな」 「……。で、では……」    あ。と口を開けると、(わん)を持った京介様がもっと近付いた。熱っ、と反射で口を閉ざすと、すまない! と言って木べらの上の粥をふぅふぅ冷ましてくれた。   「……美味しいです。京介様」 「そうか。良かった……ほら」 「はい……」    塩が利いていて、唾液がじゅわ、と滲む。もぐもぐと口を動かし、こんこんと咳をするとひょうたんを差し出してくれる。力の上手く入らない両手でそれを受け取り、こくこくと喉を鳴らした。   「……うん。上手い」    俺が水を飲んでいる間椀を置いて魚にかぶりつく京介様。それに塩が振られているようで、ポロポロと床に落ちた。京介様が、見ている俺に気付いてにこりと笑った。   「俺は今日は獲った魚を一人占めできるぞ」 「……ふふ」 「少しは気分が良いか?」 「はい。とても」 「とても? はは。早く元気になってくれよ。お前は捌くのが上手いから苦くてな」 「……はい」    京介様が苦い部位を炭の中に紛らせ、香ばしい匂いが漂った。また椀を持ち俺に食べさせてくれる。   「……ん、本当に、美味しいです」 「もっと食えよ」    なんという幸せ、なのだろうか。こんなに幸せであっては、きっとどこかで帳尻合わせをされるに違いない。そう思いながら京介様が運んでくれる粥を頬張った。           「……だいぶ熱が落ち着いたようだな」 「はい。体が楽です」 「そうか。良かった」    俺だけに向けられるこの視線。温かくて、強くて、雄を感じさせる京介様の視線。いつ射抜かれても、いや、俺はもうずっと前から射抜かれている。俺が地獄でも共に参ると言ったのは嘘ではない、そう思えるほどに京介様に尽くしたい。京介様は望んでいないかもしれないが、俺のこの体で。   「京介様……今夜は隣で休んでください」 「うぅん……大丈夫か? 窮屈だろう」 「いいえ。それに京介様あったかくて……よく眠れるのです」  うむ……。となんとも歯切れの悪い返事をして、京介様は俺と布団を掛け合った。上を向いてはお前が狭いな、と言って、俺の方を向いた。こんなにも近くに京介様の顔が……。呼吸も、感じられるほどに。   「京介様……お礼を言っていませんでした。ここまで私を担いでこられたのですよね。ありがとうございました」 「なんだ、他人行儀だな」 「あのまま放っておかれたら私は猪の餌になっていました」 「放っておくわけないだろう」 「そうですか……? お荷物、かと」 「……」    する……と何日も風呂に入っていない俺の髪を触った。汚いですよ、と言っても止める気配はなかった。   「雪女のようだな」 「……よく言われていました」 「……綺麗だよ」 「……」    俺にとって雪女だと揶揄されることは侮辱の類であるのに、なぜか京介様にそれを言われても頭に来るどころか、褒めてもらえたのだと脳が勝手に変換した。この人の目には俺がどう映っているのだろう。知りたいようで、知りたくない。化け物のように映っていたとしたらそれこそ立ち直れないだろう。   「京介様っ。霜焼けが……」 「ああ、少し川に入りすぎたようだな。大丈夫。そんなに酷くない」 「……」 「火にあたるとじんじんするよ」    京介様の無骨な指が、ぷくりと赤くなっていた。   「京介様……その……」 「ん?」 「あ、……熱も、下がったし、京介様……」  京介様は、俺が何を言いたいか察したようだった。ゆっくりと起き上がり、それに倣って俺も手をつき起き上がる。   「……またぶり返すぞ」 「その時は、お叱りを受けます」 「……右京」 「……ふっ、風呂に入っていないので、このまま……あっ」    羽織っていただけの着物をぱさりと肩まで落とされ、首にひとつ口付けられた。   「あっ、京介様っ。汚い、です……あっ……」    俺の肩甲骨と尻に大きな手が充てがわれ、ぐっと強い力で膝立ちにさせられる。肌けた布を頬で捲られて、ぬと、とした肉をそこに感じた。   「あっ、あっ……んんっ」    胸にある小さな尖りが、京介様によってチロチロと動いた。俺はそれだけの刺激に体をびくびくと震わせ、京介様の肩に手を置いた。   「んくっ。ああっ……」    かぷ。とそれを喰まれ、ちゅうっと吸われる。陥没してしまいそうなほど押し潰され、俺の握る手にもっと力が入った。ピリピリと頭が痺れる。どくどくと熱に(うだ)つように頭が回る。京介様が口を離すと、ちゅぽん、と唾液でしとどに濡れた音がした。   「しょっぱいな」 「……! うっ……」    意地悪、されているのだろうか? また京介様にどっぷり浸かりそうで、この頭では碌に正常な判断ができない。べろり、べろりと反対の胸を舐められ、俺は犬のように、はっはっと息を上げた。   「あっ。だ、駄目です、京介様。あっ……で、出そう……」    自分でも浅ましく思う。触られてもいないのに。京介様を見たくて視線を下げた先にあるはしたなく上を向く自身が、疎ましく思えた。   「……」    尚も京介様は何も言わず俺を責めた。背にある右手が俺から離れたと思ったら、前に回り、ちく、とそこを刺激した。   「ああっ! あっ! ……うっ、ううっ」    とぷ。とぷっと吐精した。京介様の手が俺の出したもので汚れた。   「あっ……あ、あう」    絞るように先端を指の輪で締められ、俺は甘美な感覚に絆された。ちくちくとそれを手に纏い、暑いな、と言われ俺はとうとう裸になる。されるがまま、そっと股を開くと中指がつぷりと俺の中に入ってきた。   「ああぁ……あっ、ああっ」 「……。まだ熱いな」 「あっあっ……京介、さま……っ」 「熱くて指がじんとなるよ」 「んっ」    さっきの、あのぷくりと腫れた霜焼けの指を思い出す。途端にきゅうと締めてしまって、京介様の指が挿入を止め、そこでぬくぬくと動いた。   「……痛くないか」 「はっ、はっ……あっ。んん……はい……あっ!」 「……」    中指が少し抜かれ、薬指を連れてきた。それは俺の精液を纏い、ぬぐっと中を押し広げ、俺の内腿がプルプルと痙攣した。その先の、ふっくらとした膨らみを探すその手つきが俺を期待させた。   「うくっ……あっ。ああっ……」    体勢を崩して胡座をかく京介様に寄りかかってしまった。抱きつくようにしてその愛撫を一身に受ける。つ、とそこに触れられると、快感の濁流に飲み込まれそうで怖かった。   「あああ……んんっ!」    きゅうっと二本の指で挟まれる。本当に挟まれているのかどうかさえわからないが、この感覚はきっとそうに違いない。男の扱いに慣れているのだ。京介様は。俺が俺でなくなるような嬌声が、それを確信に変えた。   「ああっ! あっ、あっ……うう〜〜っ……!」    細かく揺さぶられ、快感の渦が俺を支配した。俺の中心からはまたとぷりと滴が垂れていた。くて、としなだれかかると、背中を摩られ息が整うまで待ってくれた。   「ん……京介様……」 「……いい顔だな、右京。……綺麗だ」    惚けている。京介様に。今ならどんな命令でも喜んで受けることができるほどに。   「……んっ!」 「う、……まだ、きつかったか」 「いえっ、そのまま、で、大丈夫です……」    尻に添えられた手で京介様の怒張に導かれ、俺は身をあけ渡す。ピリッとした痛みに顔をしかめて喉を晒すと、京介様の舌がずろろ……と這った。   「はっ、はっ、はっ……」 「右京……体勢を、変えていいか」 「あ……はい。お好きに」 「……んっ」    とす、と布団に組み敷かれる。京介様は俺の少しの体液を指で掬って、繋がっているところに(なす)りつけた。   「……っ!」 「……大丈夫か」 「はい。そのまま、……京介様っ」    切れているかもしれない。その痛みに涙が滲む。でもそれ以上に、京介様で埋められている胎内が気持ち良さで打ち震えていた。   「ああ……っ、京介、さま、あっ、あっ」 「右京……右京……」    身を屈ませた京介様の体の重みを感じる。肺を膨らませてもらえなくて潰れそうに苦しい。ぱちゅ、とか、ぐちゅ、とかの音が俺の耳に届く。天井の梁が揺らめいたようにぐにゃぐにゃと曲がって見えた。   「で、出そうだ……」 「あっ。きょ、京介様。中に。中にください」 「なに……」 「あっ。すごい。このまま。なかに……ああっ!」 「うっ。……ぐっ……うぅっ」 「はっ、はっ、っ……」    どくんっ。どくん、と波が寄せるように胎内が熱くなった。ほんの少し間を置いて、息の上がる二人の唇が引き寄せられるように重なった。   「京介、さま。んっ。ンン……ッ」    まだ打ち付けられる腰が、俺の性感をここぞとばかりに暴いていった。    一つになれる幸せ。性欲をぶつけられる幸せ。求められる幸せ。こんな種類の幸せがあることを、俺は知らなかった。こうして京介様に教えてもらうまでは。    そんな俺の幸せも、予想通り長くは続かなかった。ただ、こんな事が待っていようとは想像もできようがなかったのだが。      
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