微笑

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微笑

 京介様は宗一郎様亡き後、野盗が増えたことを心苦しく思っているようだ。確かに宗一郎様がいた頃はまだここまでは酷くなかった。行商も行き来していたし、村にも活気があったように思う。   「もう一度、あの城を建て直せたら……」    俺と酒を飲んでいる途中、京介様は酔っていたのかその目を伏せて呟いた。あの城、は今は見る影もない。金目の物は全て奪われた。京介様はそれでも城の再建のため、民の安泰のためにとここに(とど)まっているようだ。    世継ぎも作れはしないのに……。    俺は京介様を憐れんだ。そんな望みはただの願望に過ぎない。それも、素人でも分かる期待薄の。    俺と二人、ここではないどこかでのどかに暮らせばいい。なんの心配もいらない。金は俺の手持ちの分と、その辺の野党共をたまに一掃すればいい。そうすれば二人は幸せに暮らしていけるはずだ。こんな田舎で夜も静かに眠れぬような生活は、もうやめにして。          京介様の霜焼けが破れてしまい、川には入れず俺達は苦手な釣りをすることにした。途中、水の入ったひょうたんを忘れたことに気がついた俺は、京介様にその場をお願いして根城へと戻った。    ……誰か隣にいる。    俺が戻ると、京介様は髪を後ろで結った男と釣りをしながら談笑していた。こんなことは珍しい。京介様を逆恨みしている民は多く、京介様を騙して首を取りに近付いたのではないかと俺は勘ぐった。辺りを見回してみても誰も居なさそうではあった。   「京介様。戻りました」    その二つの背中にわざと声を張る。京介様が気付いて振り返り、俺の名を呼んだ。そして、隣にいる男も俺を見るために振り返った。瞬間、ざわりと俺の背筋が毛羽立った。   「……おいっ、なんだ」    しゅら、と刀を抜き二人の間を遮る。心臓が跳ねそうなほど動き回っている。俺は、隣の男から目が離せなかった。   「どうした右京。やめないか」 「……京介様。離れてください」 「おい……」 「私はこいつを知っています。京介様。離れてくださいっ」 「……()? 私、だってよ。くくっ」 「……黙れ」    京介様ほども身長のある男は、釣り竿をすっと地面へ置き、両手を小さく上げた。じと……とした目で俺を見て、その口元は微かに微笑んでいる。   「右京。やめろ」 「……」 「右京。……右京!」  びく、と俺の体が跳ねた。京介様の怒りが伝わり、俺は仕方なく刃を下ろした。   「ははっ。随分嫌われてんだなぁ、俺」  男は踵を返し、釣りの続きをするべく竿を手にした。俺は京介様に早く事実を伝えたくて、川を背にする。   「……どうした、右京」 「京介様……私はあの男を知っています。あいつは只者ではありません。早く……」    俺が必死で伝えようとしているのに、京介様は、わかっている。と言って俺の言葉を遮った。   「俺が背後を取られたのは初めてだ」 「……!」    京介様が俺を一瞥した後、ぽん、と俺の肩を叩き先程の続きをするため自分の持ち場へと戻って行った。呆気に取られている俺を、置いてけぼりにして。           「京介様……い、今なんと」 「だから、今日からこ奴も一緒に行動することになった。見ろ、この魚の山を。売る前はもっとあったんだぞ。釣りも上手いし行商人がいつ来るかも知っているそうだ。これでちびちびと酒を飲まずに済むぞ、右京」 「……は……?」 「だ、そうだ。よろしくな」 「……」 「では俺は先に湯に浸からせてもらうぞ。血の巡りを良くすると霜焼けが早く治るらしい」 「俺が教えたんだ」 「……そうか」    俺の中に、ゆらゆらと黒い嫉妬が湧き上がった瞬間だった。            ぱち、ばち、といつもの炭の爆ぜる音。俺は沈黙を破って、睨みつけながら聞いた。   「お前、何が目的だ」 「目的? もう一回お前と会うためだよ。嬉しいね、今日は」 「……よく地獄の底から這い上がって来れたな」 「そうだ! お前ー。危うく死ぬところだったんだぞー!」  男はぶちぶちと文句を垂れながら炭の中に放っておいた芋を棒でつつき、あちあちと言いながら拾い上げた。    そう。確かにこの手で極寒の海に突き落としたはずなのに。   「……死に損ないが」 「お前が言ってた故郷ってここだったんだなー。えらく苦労したよ。で、今度は京介とやらに飼われてんのか」 「……殺すぞ」 「ははっ。威勢の良い。私、なんて言っちゃってさ。かわい子ぶって」 「……」 「ほら、熱いぞ」    ぽい、と半分にした芋を俺に投げて寄越した。皮の破けた芋がころりと床に転がる。   「お前ら随分金に苦労してるらしいじゃねぇか。お前のために俺が一肌脱ごうってわけさ。悪い話じゃねぇだろ」 「お前の助けはいらん。失せろ」 「……そうは言ってもなぁ。京介が是非に、って言うもんだから」 「京介、だと?」 「俺達もうそんな仲なんだよ。知らなかったのか?」 「……寝首をかかれないといいな」 「あーそんなこと言うのかよー」    はふはふと大袈裟に熱がりながら芋を頬張る姿に、無性に腹が立った。俺は鼻から息を静かに逃しながら俺の金で買った芋に口をつけた。           「右京。先に入るか」 「いえ……」 「そうか。では永真(えいしん)殿。先に」 「殿は付けなくていいって」 「ああ、そう言われていたな。すまない」 「じゃあお先」    ひらひらと手を振り古い床をぎしぎしと言わせ、その巨身が遠ざかっていった。目でいなくなるのを確認した後、京介様に詰め寄る。   「……京介様!」 「どうしたんだ右京。昼間から変だぞ」 「京介様……あいつは、あいつは……」 「ん?」 「あいつは屑です……俺を金で買った男です!」 「知っている」 「……なっ」 「今はそうも言っていられない。俺もお前もだいぶ頬が痩けてきているからな」 「……京介、様……」    京介様はその後も聞く耳を持ってくれなかった。俺はそれでも必死で説得した。だが俺の努力も虚しく、訴えは京介様の訝しむ顔となって露と消えた。           「右京、ここに来てくれ」    風呂上がりに声をかけられ、火照る体を京介様の元へ寄らせる。もっと近くに来ないか、と叱られ、距離を取っていた俺は不貞腐れた心を見透かされた気がした。   「……っ。京介様」 「……いいだろう。早くお前の中に入れたい」 「あっ……」    俺の腰をぐいと引き寄せ、まだ湿る髪をその手櫛で荒く梳く。ぎらぎらと雄の香りを放ちそうな京介様の視線に、俺は釘付けになった。 「んっ! あ、やめ……っ」    するりと素肌の尻を撫でられる。いつもなら、喜んで身を任せているのに。   「……やめるか?」 「あっ……きょ、京介様っ」    そこに、すぐそこにあいつがいるのに。どうして。   「……ん。ほら。上等な葛だ。うん……なかなか、いいな」 「あっ。……く、っ、うぅ……」    側に置いてある小さな椀の中のそれが、京介様の指にぐちゅりと絡まり俺の窄まりを解いていった。京介様は未だ戸惑う俺の耳に顔を寄せ、この葛は永真から譲り受けたんだ。と言った。俺がいつも使っていたものとは比べ物にならないほどぬめりが強く、もうから二本目の指を受け入れてしまっている。俺は唇を噛んで喘ぎを懸命に耐えた。あいつに、聞かせたくなくて。   「……右京。唇が切れるぞ」 「あっ。京介、さまっ」    ぬぱ。と二本の指が俺の中でほんの少し離れた。その輪を元に戻そうと無意識のうちに力が入る。   「……くぅうっ……」    なぜ? なぜここで交わろうとするのだろう。京介様は人に見られるのが好きなのだろうか。   「右京……入れて、いいか」 「ぅっ、は、はい」    俺が返事をするや否や、京介様はくるりと俺を翻して囲炉裏に向けた。帯で腰上まで括っていた着物が豪快に肌ける。目の前で焼ける炭が、ちりちりと俺の肌を焦がした。   「……っ」    視線が前を向いたその先には奴がいる。俺は咄嗟に目を瞑った。   「う」    ぬぷ。と熱い切っ先が葛を纏い俺を埋めた。膝立ちの俺は着物の端を掴み、無駄に中心を隠した。がし、と手首を掴まれ、ぐぐっと身を寄せられる。   「あっあっ……」 「手を離せ、右京……」 「い、嫌……嫌、です」 「右京……」    見えてしまう。ゆらゆらと揺れる陽炎でさえも、それを隠すことはできない。温められた空気を隔てて、俺は京介様との繋がりを奴に晒すことになった。   「いや、いや……」    ごろんと横になり片腕で頭を支え、じっとこちらを見ている。何を言うでもなく、自分を慰めるでもない。ただ、すっと重なった目と目が、奴の上がった口角を捉えた。   「下衆がっ……!」    その笑みに一気に怒りが込み上げる。京介様がこんなことを望むはずがない。きっと騙されて、唆されたのだ。俺を見せ物にするような、こんなことを考えつくなど。   「はあっはあっ! 殺してやるっ!」    むぐ。と口を押さえられた。   「ング……ンン〜〜ッ……」    口と腹を押さえられ、下から臍の辺りに向かって何度も突き上げられる。京介様の太い腕に手の平を合わせるけど、もちろんびくともしない。俺の目尻からは涙がこぼれ落ちた。京介様にされているはずなのに、その大きな手がなぜか宗一郎様の手に思えて仕方なかった。   「ウゥ……ッ、グッ……」    飼い慣らされた犬のように、抗うことはできなかった。俺は京介様によって簡単に、何度も絶頂を見せられた。俺の中心からはたらたらと欲しがるように涎が溢れ、律動の度に上下に揺れて雫を散らし炭の火が、じぅ、と音を立てた。   「ふぅ……。右京……」    俺が何度目かの収縮に感じ入った時、ぱ。と口を塞ぐ手を離し俺に囁いた。    ——興奮したのか? いつもより、すごく締まるよ。    と。くらくらと目眩がする。その言葉にも、こうして犯されていることにも。はしたなく京介様を包む中がきゅうきゅうとうねり、俺は歯を食いしばりながら意識を手放してしまった。           「どうやったら俺のことを心から好いてくれる?」 「……ふぅーっ。俺にもう一度、故郷の地を踏ませてくれたら」 「ふぅん。どこ? 故郷は」 「ここから遠く離れた、西の島」 「そっか。約束守ってくれたら連れてってやるよ」 「……世迷言を」 「いいや、本気だよ、俺は。右京がその気になってくれたらあっという間さ」 「……ここから出られる方法があるとでも?」 「あるさ。お前の主の借金を俺が払えばいいのさ。簡単だろ?」 「俺にはそれがいくらなのか想像もつかない」 「ははっ。今度親父さんに聞いてみるよ」 「……」 「そうなったら、ずっと一緒にいられるな」 「……是非」 「膝枕してくれ。途中で起きなくて眠れる」 「……どうぞ」 「素直だと嬉しいね。楽しみにしてろよ」 「約束、でいいな」 「ああ、もちろん」    幸せというものは長くは続かない。そのことを俺はよく知っている。ならば幸せであるうちに良く噛み締めておくことだ。この手の内から、離れてしまう前に。       「ああっ……あっ、あっ……んんぅ、うっ」 「こら右京。向こうを見ろと教えたはずだろう」 「うううっ」 「目を開けるんだ。……な?」    ぱちゅ。ぱちゅっ。   「う、うぁ」    ぽこ。と俺の薄い腹が京介様の形に膨れた。京介様が優しくそこを撫で、俺の中は甘い刺激に喜んでしまう。何度も達せられた俺からは、もう透明の汁しか垂れないようになってしまった。   「……はぁ。どうしたんだ、右京。目を開けろ」 「……ぅ、くっ」    ふるふると被りを振った。今日で何度目だ? 京介様がこんなふうに俺を扱うなんて。まるで俺と繋がるためではなく、あいつに見せなければならない義務のように、京介様は俺を抱いた。   「強情だな、右京は。……仕方ない」 「……やったね」 「酷くしないでくれよ」 「あいわかった」  二人が俺を置いて会話する。ぎしりと床が軋んで、ぼんやりとする目をそっと開けた。   「はぁ、はぁ……」 「右京。口を開けろ。それだけでいいから」 「あ……な、なに」    後ろから京介様が俺の舌を掴み、れ、と無理矢理伸ばした。大して出てない俺の舌に、奴の猛ったものが近付く。柔らかい肉に、つるりとした先が塗りつけられた。   「……少しの辛抱、だから」 「あ、アッ……」    ぬめぬめとしたそれが舌にずりずりと押し付けられる。京介様は俺の耳元で、締まって気持ちいいよ。と言った。    ぞくぞくぞく……っ。    二人の雄に蹂躙されている。俺は宿でも二人相手にしたことなどなくて、京介様が吐く言葉が脳を焼き切っていった。ぴりぴりと感じられる快感が、また涙を誘う。ふいに白濁が俺の口内に飛び込んできて、京介様に飲むように命じられた。   「ウグッ、グッ……」    とても飲み込めない。嚥下しようとしても吐き気が込み上げる。もごっとする俺を見て、京介は様言った。    ——飲み込んだら、俺も中にあげようか。   「……ウッ、うう……ぅ、ぐっ」 「はあっ……右京……お前は……ん、ンン……ッ」    吐く息が青臭い。鼻に抜ける自分の息が生臭い。呼吸をする度に京介様が俺の中にびゅくびゅくと欲を放って、そこから酔ってしまうように力が抜けた。   「あぁ……右京……綺麗だな、お前の肌は……」    京介様が、べろり……と俺の喉を舐め上げる。舐めやすいように喉を晒すと、見上げた先に涙で歪んだ奴が佇んでいる。にこりとその上がった口角を俺に向けた。   『死ね』    俺は、声を出さずに奴にそう吐いた。奴は、微笑するのを止めはしなかった。          
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