なぜポケットに魚を突っ込むのか

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「君、ポケットの中を見せてくれるかな?」 スーパーの店を出ようとした若い女に店長が声をかけた。 女はビクっとして足を止め、気まずそうにうつむく。 「レジを通ってないよね。防犯カメラにもバッチリ映ってる。ちょっと事務所に来てもらおうか。」 奥の事務所にて、テーブルをはさむ形で店長の男とコートを羽織った女が向き合い、パイプ椅子に座っている。 店長がひとつ大きなため息をつき、重い口ぶりで切り出した。 「そのコートのポケット、パンパンに膨らんでるよね。さぁ、出してもらおうか。」 うなだれたまま女はポケットに手を突っ込み、取り出したものをテーブルに放り出した。 ベチャっと湿った音が事務所に響く。 「・・・アジだね。鮮魚コーナーから取ったようだけど。」 女が黙ったままコクリと頷く。 「まだあるだろう。出しなさい。」 促されるままポケットに手を突っ込み、出したものをテーブルに置いた。 血の混じる濁った水がツーっと滴る。 「イワシだね。これも鮮魚コーナーからか。他にもあるだろう。」 再びポケットから取り出されたものがテーブルに置かれる。 鼻孔を刺激する磯臭い匂いが立ち昇った。 「シシャモだね。・・・・・・・・・・・・・・・・・魚、好きなの?」 女はブルブルと横に首を振った。 袋にも入れられずそのままの姿で、死んだ魚たちの目が虚空を見つめる。 「・・・・・・・あ、そう。」 「・・・・」 「・・・・・・・ポケットの中、ベタつかない?」 女がコクンと頷く。 「だよね。うん。まぁいいや。これで終わりじゃないだろう。とにかく全部出しなさい。」 ボトンと音を立てて、4匹目となる魚がテーブルに置かれた。 「えっとこれは・・フグ」 「テッポウ」 言い終わる前に女の言葉が重なった。 「テッポウ?ああ、確かにフグはそうとも言うね。でもなんでわざわざ・・・・あっ!!」 店長がガタっと立ち上がった。 ぐるぐると思考が巡る。 『ア』ジ 『イ』ワシ 『シ』シャモ 『テ』ッポウ まさかこれは。 確かにこの女は何度か店で見かけた。 思い返せばチラチラと目が合うこともあった。 そうゆうことだったのか。 テーブルに両手をつき、身を乗り出して、 「ア、イ、シ、テ。最後はなんだ?ル・・・ルではじまる魚はウチにはないが。ああそうか、『マス』か!?川魚だってあるぞ!いやここはひとつ飛び越えて『キス』ってのも!??」 と前のめりでまくし立てた。 その勢いに気圧されながらも、女は両手を忙しく動かして否定の言葉をあげる。 「いえ!もう無いです。これだけです。お魚コーナーは人が少ないから取りやすかっただけで。あと私、大阪出身なんでテッポウをフグと言われるのがイヤなだけなんで。」 「そんなことないだろう!ほら、もう隠さなくていいんだ。最後のを出せ、出すんだ!!あーもうじれったい。自分で出せないのなら、わたしが取り出してやろう!!」 店長はおもむろにテーブルをどかし、呆気に取られて動けずにいる女のコートのポケットに手を突っ込んだ。 女の言った通りに、中にはもう何も入ってなかった。 そんなはずない、と店長が慌てて手をまさぐると、魚たちの残した粘膜が手に絡みついてひときわ大きな音がたった。 ポケットの中のねばつく音が二人の耳に入ってくる。 『ヌ』チャッ (おわり)
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