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「あぁ、そういえば、言い忘れるところでした......最近、調子はどうですか?」
そう言いながら、会議室の扉に手を掛けた上司は、俺の方を振り返り、書類を持ったもう片方の手を使って、自分の耳元を指差す。
そして言われた俺は、この上司が何のことを話しているのか、その仕草と言葉で、すぐに理解できた。
だからその彼の言葉に、俺は静かに、言葉を返す。
「......えぇ、おかげさまで......」
そう言いながら自分も立ち上がり、使っていた椅子に手を掛ける。
無意識に視線を落としている俺に対して、続けてその上司は口にする。
「白木先生が、心配していましたよ?」
「......そう......ですか......」
「ちゃんと、診察の方も行ってくださいね......」
そう言葉を残して、上司は会議室を後にした。
その後はいつも通りだった。
削除されたバイタルデータについての業務は、別日に詳細な連絡があるということなので、今日残っている業務は、いつもとほとんど変わらない。
午前中に分析課へ提出した書類についての返信があれば、それらについての対応を行う。
まぁ大半は、分析課の承認印が押された書類を参考にしながら、そのバイタルデータの持ち主である国民一人一人に対して『通知書』を作成し、PCでそれらの送信を行えば、一通りの業務が終了する。
なお『通知書』の送信先は、その国民本人に対してではなく、府内メールを用いて、通達課に送信されるのだ。
そして今度はその通知書を、通達課が各都道府県に通達をし、そこから各自治体に送られた後、ようやく国民本人へと通知書が送られる。
ほんとうに、面倒な仕組みだよな......
そんなことを、仕事をしながら、俺は思う。
けれどここまで面倒なステップを踏む理由は、できるだけ国民との直接的なやりとりを避けるためだ。
なんせ俺等の仕事は、たとえ行政府の仕事だとしても、他人の健康状態を、勝手に覗き見て、それを基に様々な書類を作成し、本人に『通知書』として送付される。
何の前触れもなく......だ。
そんなの、良い思いをする奴の方が、本来少ないだろうに......
そんな風に思いながら、俺はPCのキーボードを叩く。
視線の先には、出来上がりつつある書類と、無作為に流れてくるネットニュースの記事がいくつかあって、その中の一つに、俺は視線を止めた。
『行政府によるバイタルデータ監視業務の反対運動』
記事の見出しには、やはりこういうモノもあるのだ。
そしてその記事を、どうやら隣に座る新人も見ていたようで、彼は一言、こう言った。
「ホント、いつ後ろから刺されるか、わかりませんよね?」
「あぁ、まったくだ......」
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