7人が本棚に入れています
本棚に追加
目の前に座る上司に対して、俺は視線を向けながら、言葉を紡ぐ。
「......ずいぶんとまぁ、古い話を持ち出すんですね......私が調査局に居たのは、もう十年以上前のことですよ......もう、ただの一般人です......」
そう言いながら、どうすれば彼との会話を、この話題からは関係のない所に持って行くことが出来るのか、それだけを俺は、考えていた。
しかしながらその目論みは、意図も簡単に打ち砕かれた。
「それでもやはり、今回のこの件に関しては、貴方以上の適任者は居ないんですよ。だって、そうじゃないですか......」
「......」
「あの事件は、もう十年以上前の話になりますよね?」
そう言いながら上司は、机の脇に置いてある、俺の経歴が書かれている書類に視線を落とす。
そしてそのまま、わざとらしく、俺に語り掛ける。
「そういえばあの事件も、最初は十人の国民のバイタルデータが、一斉に消えたことから始まったんですよね?まるで......今回の様に......」
「......なにが、言いたいんですか?」
そう言いながら俺は、目の前に座る上司を見つめる。
しかしその視線は、恐らく最初のそれとは、意味合いがまったく違うのだ。
到底、部下が上司に対してする様な目では、なかったのだろう。
それだけは......
たとえ鏡がなくともそれくらいは、なんとなく理解できるのだ。
「......怖い顔をしますね。しかしそんな顔をするということは、あながち見当違いなこと......というわけでもないのでしょう」
「......模倣犯がいると......そういうことですか?」
そう俺が口にすると、その重々しい俺の声色と同じくらいの重さで、彼は頷いた。
そしてそのままの流れで、彼は続けた。
「当時の犯人はたしか、自殺でしたっけ。確保する直前に、調査局員の目の前で......ですよね?」
「......えぇ、そうです」
「そうなるとやはり、模倣犯の存在を疑うのは、容易なことでしょう」
「......そうでしょうか?」
「......」
「......」
疑問符の俺の言葉を最後に、無音が会議室を包み込む。
その空気はまるで、部屋の酸素を全て吸い込んでしまいそうになっている様な、そういうモノだった。
そしてその空気に、どうやら耐え切れなくなったのは、俺だけではなかったらしい。
寸分早く、目の前に座る上司は徐に、立ち上がった。
「話は以上です。業務内容の詳細は追って連絡します」
最初のコメントを投稿しよう!