3. 彼女の瞳に映るもの

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3. 彼女の瞳に映るもの

 次は東京、東京──  合成音声の車内アナウンスが天井のスピーカーから鳴り響く。  平日の昼前。遊馬たちは遊馬宅で朝食を済ませた後、楓の生活品を買い揃えるべく電車で街へと向かっていた。  窓から差し込む白い陽光が閑散としたロングシートを明るく照らし、シート上をキラキラと光る埃が宙を舞っている。反対側のシートに横並びで座る遊馬と神原は、そんな光景をただボーっと見つめていた。  一方楓はと言うと... 「凄い! 遊馬さん見て、都会だよ都会! こんな見るの初めてだよ」  遊馬の隣で窓に掌を張り付かせ、外の景色に目を輝かせていた。高架線を走る電車内から見える景色は、どこに目をやってもビル一色。遊馬たちからするとなんてことない景色だが、彼女にはよほど色づいて見えているのだろう。何分も同じ姿勢で飽きずに外の景色を眺め続けていた。 「楓ちゃん、どこか行きたいところとかないの?」 「えーっとですね...」  楓は何か興味を引かれるものがないかキョロキョロと辺りを見渡す。んーと声を漏らしながら10秒程経った頃、楓の目がある一点に留まった。 「あのでっかいタワーが少し気になります」 「よし、じゃあ最初はそこに行こう。でその次は最近人気のハンバーグ屋さんで昼食にして、そこから電門でお参りしてから...」 「おいこら神原、観光を優先するな。あくまで今日は楓の必要品を揃えるのが目的だ」 「え~いいじゃないっすか。ケチ!」  神原がわざとらしく子供のような文句を垂らし、それを遊馬が口慣れた台詞で軽くあしらうという構図。彼らの日常にはもはやテンプレートとして刻まれているやり取りだ。だが今回は神原が楓を巻き込んで話を進めたことにより、いつもと状況が違っている。故に遊馬は型に沿うことができない。なにより傍らで楓が一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべたのを遊馬は見逃さなかった。そして型は破られた。 「ま、まあ用事が終わってからなら構わないが」  真っ先に驚きを露わにしたのは楓であった。一拍遅れて神原も驚きを露わにし、意外そうな表情を浮かべて遊馬を見つめていた。 「遊馬さん本当に良かったの?」 「せっかく都市まで出てきたんだし、それくらい良いじゃないか。っておい神原、何ニヤニヤして見てんだよ」 「いやぁ、遊馬さんって結婚して子供持ったら典型的な親バカになりそうだなって」  遊馬は発言の意図を掴めず、眉をひそめていた。  突如電車が減速し始め、3人の身体が電車の進行方向へと揺られた。  まもなく東京、東京── 「着いたみたいっすね。さあ、行きましょうか」  よっこらせと声を漏らしながら遊馬と神原が立ち上がり、ドアの方へと歩き出す。それに遅れて楓も立ち上がり、離れまいと慌ててふたりの元へと駆けていった。
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