プロローグ

2/8
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
「え、遊馬さんあの実験本気だったんすか!? 「机上の空論だったね~」で終わった話じゃなかったんすか。いくら何でも無茶が過ぎますよ」 「宇宙()からの恵みを利用しない手がどこにあるという。否、そんなものはない!」  遊馬と神原、ふたりは究極の理論『超弦理論』の完成を夢見る物理学者だ。超弦理論とは、世に存在する全ての物質は(ヒモ)でできている。という何ともユニークで独創的な考えのことである。昔の偉人達が超弦理論を提唱し幾年と多くの物理学者が研究を続けてきたが、現在に至るまで理論が正しいという証明が成されたことはない。この理論が完成すれば、人類が夢見た宇宙の秘密を全て解き明かすことが可能となる。そんな未来に深く魅了され、遊馬と神原は下火になりつつある超弦理論研究の界隈に現在も残り続けているのだ。 「あいつら今に見てろ。人工知能界隈に寝返ったことを後悔させてやる」 「はぁ、遊馬さん結構根に持つタイプっすよね。そんなのだから彼女できないんですよ」  マグカップに向いていた穏やかな視線が刹那にして神原の方へと向けられた。 「おい神原、俺はお前とは違う。お前は作れないだけで俺は作らないんだ」 「その異様な食いつき具合が真実を物語ってますよ」  そんな他愛のない会話を交わしながら、神原は重い腰を上げて部屋の端に並ぶ書類棚へと足を進める。スライドガラスを開けて仕切られた区画からそれぞれ数枚ずつ書類を取り出し、計十数枚の書類を抱えてソファへと戻ってきた。 「実験概要は以前に聞いたものと変わってないですよね」 「あ、ああ。そのつもりだが」  突飛な行動に驚倒したかの様な表情で反応を返す。口をポカンと開け、視線だけ神原に向けられた状態でフリーズしていた。  フリーズしている奴を後目に神原は書類を数枚ずつクリップで止め、纏めたものを遊馬の前に差し出す。 「このフォーマット通りに実験概要、必要機材等々入力しておいてください。実験場所に関しては落ちる可能性の高い場所を推定しないとなんでそれは後程調査しましょう」  普段の口調や雰囲気とは一転し、幾分饒舌に話を進める神原の姿を見て驚嘆の声を上げそうになる。 「なんだ、神原も随分とやる気じゃないか。んでこの入力はいつまでに終わらせれば良い?」 「20時までです」 「神原さんや、今何時か時計を確認してから物をおっしゃった方が...」 「現在時刻は17時50分で、締め切りは20時です」  真剣な眼差しが冗談でないことを物語る。 「はい、間に合わせます...」 「よろしい」  もはやどちらが上司か分からない状況になっていた。  神原がふぅっと息を吐きだし、張り詰めた空気がいつもの穏やかな空気に書き換わる。 「まあ実際は隕石の欠片すら落ちてこないでしょうし、一応の準備ってやつですよ。遊馬さんいつも言ってるじゃないっすか、年末ジャンボも買わなきゃ当たらんって。あれと一緒っすよ」 「まさか自分の言葉を逆手に取られるとはな。にしても神原の行動力はほんと凄いもんだよな、その点だけは尊敬しないとだわ」 「とはなんっすか。他にも色々尊敬すべき所があるでしょうに」  といつもの他愛のない会話を部屋に響かせ、この後遊馬は地獄の二時間を過ごした。  彼らは思いもしなかったであろう。本当に隕石の破片が日本に落下することになるとは。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!