3. 街に出よう

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 改札を出て、駅舎を出て広がるは高層ビルが立ち並ぶ都会の景色。車のクラクションや雑踏の音が絶え間なく耳に入ってくる。洒落た今時の服を着たカップルや足早にどこかへ向かうスーツ姿のビジネスマンが行き交う駅前の広場を、一同は楓の歩調に合わせてゆっくりと進んでいた。 「おぉ、やっぱ間近で見ると凄い迫力だね。てかなんだあの服装は!? ダメージ加工の域を超えてクマに襲われた痕みたいになってるよ。あれが今時の流行りってやつなのかな...時代のチカラって凄いや」  楓はあっちを見たりこっちを見たり、とにかく珍しくて仕方がない様子だ。その少し後ろで楓を見守るように、ふたりは横並びでついていく。 「楓ちゃん、さっきより調子良さそうですね。駅では本当にしんどそうにしてましたからね」 「本人は隠してるつもりだったけど、顔には出ていたからな。ともあれ少しでも回復してくれたなら良かったさ」 「遊馬さん、こっちこっち!」  前方で目を輝かせていた楓が、何かを指差しながら振り向いて遊馬に手招きした。楓の指さす先に、テディベアとキツネを足して2で割ったようなキャラクター──『くまぽん』という名前みたいだ──の着ぐるみがふわふわとした動作をしながら立っている。遊馬がふとくまぽんに目を向けると視線はすぐさまキャッチされ、驚くべき俊敏さで遊馬の方へと身体を向けて高速で手を振っていた。 「ほら遊馬さん、呼ばれてますよ。楓ちゃんにも、あの謎の着ぐるみにも」  神原はクスクスと笑いながら、遊馬の背中をポンと押した。 「なんなんだあの着ぐるみ。獲物を狙う狼のように、俺から視線を離さないのだが...ちょっと怖い」 「あー、完全にロックオンされてますね。まあ楓ちゃんはあれがお目当てみたいですし、観念してさっさと行ってきたらどうです?」  遊馬はくまぽんと目を合わせないよう意識しながら、楓の方へと駆けていった。楓と遊馬が仲睦まじく笑みを漏らして話している姿が神原の元から見られる。 「あのふたり、仲睦まじい親子みたいで見てて癒されるんだよなぁ。あと楓ちゃんも最初に比べて随分と柔らかくなったな」  独り言にしてはやや大きな声で、神原は内なる想いを外へと無意識に垂れ流していた。 「おーい、神原さんも早く来てください!」  お呼び出しがかかっていたのは遊馬だけではなかったようだ。楓の声に反射で視線を向け、ふとくまぽんにも視線を向けてしまったが最後。くまぽんのターゲットが遊馬から神原へとシフトされた。そして繰り出される高速手振りアピール。 「おっと、僕もお呼びでしたか。あの着ぐるみさえいなければ喜んで駆けていくものの...逃げ場は無し、か。あー、数秒前の遊馬さんの気持ちが身に染みて分かる」  神原も奴と目が合わないよう意識しながら、ふたりの元へと駆けていった。 「神原さんも来た来た。このくまぽんと写真が撮れるみたいで、皆で一緒に撮りたいなって思ってね。いいかな?」  ふたりは朗らかな笑みを浮かべて頷き、くまぽんとの楽しい写真撮影会が始まった。
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