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中に入ると入口の人感センサが反応し、店奥で入店を知らせるメロディが鳴り響いた。店内を見渡すと、左手には厨房があり、その正面にはラーメン屋のようにカウンター席が並んでいる。右手には数席のテーブル席が配置されており、狭い空間ながらも効率的にレイアウトされていた。
「すみませーん。まだ営業時間外でして、18時から営業しますのでまた時間を改めて...」
店の奥から店主らしき女性の声が聞こえてくる。足音が徐々に遊馬たちの方へと近づき、やがて遊馬たちの前に姿を現した。そして目と目が合う。
「ってなんだ遊馬くんか。とそれにお連れさんが二人も。いいよ、適当な席に座って」
「ああ、すまない。邪魔するよ」
店主の予想外の対応と遊馬との親しげなやり取りに、楓と神原は驚きを隠せない様子だ。遊馬はふたりの様子を気にも留めずに店内を見渡し、「あの席にしようか」と4人掛けの席を指さした。
3人は席について一息をつく。
「遊馬さん、あの女性とはどういう関係なの? お友達?」
厨房にいる店主に聞こえないよう小さな声で、楓が遊馬に疑問をぶつける。
「大学時代の友達だよ。あいつの作る飯だけは美味いから、こうして昼食がてら開店前にちょくちょく来てるんだ。あ、ごめん。もっと普通のところの方が良かったかな?」
「ううん、私は全然大丈夫だよ! それより美味しいご飯、楽しみだぁ...」
楓は美味しいご飯という言葉に目を輝かせていた。
「ども! 遊馬くんのお友達やらせてもらってます、瑞沢 葵で~す。よろしくね!」
ゆるーい感じの挨拶を交えて、店主の瑞沢が4人分のお冷とメニュー表をテーブルに運んできた。
「瑞沢、水ひとつ多いぞ」
「ああ、それ私の分。私もここで一緒に食べるから」
3人は「え?」という言葉を発し、驚きの表情を浮かべる。
「てか遊馬くん、この可愛い子どうしたの? 遊馬くんの年齢からして子供ってのは無いだろうし...。もしかして誘拐した?」
遊馬の脳裏にふとあの日の出来事が過る。
「そ、そんな訳ないだろ。そこは親戚の子? とか他に候補はいくらでもあるだろ。なんで一発目に誘拐が出てくるんだよ」
遊馬は焦りの色を隠せず、弁明するように早口でまくし立てた。
「まあその辺の話はあとでゆっくりと聞かせてもらうとするよ。じゃあ注文決まったらまた呼んでね~」
瑞沢は笑みを浮かべながら体をくるっと180度回転させ、厨房の方へと戻っていく。テーブルは嵐が去った後の凪のような静けさに包まれ、3人はしばし言葉を失っていた。最初に静寂を破ったのは神原であった。
「なんていうか、明るく自由で面白い人ですね。さすが遊馬さんのお友達」
「瑞沢はちょいと騒がしいやつでな。まあ安心してくれ。あいつが暴走しそうになったら俺が止めるから」
「遊馬さん、神原さん! 私この『愛情たっぷり☆手ごねハンバーグ』ってやつにします。写真からして美味しそう」
楓はメニュー表を開けてハンバーグを指さす。楓の関心は瑞沢よりむしろ、ご飯の方へと向けられていた。
「おお、楓ちゃん早いね。じゃあ僕はこれにしようかな。商品名は...」
神原が長々とした商品名を目で何度も追う。
「商品のネーミングセンスにも難あり、ですね...」
「ああ、それには俺も同感だ」
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