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接触
「君……柳井昴くん、ちょっといいかな」
日誌を携えて職員室に向かう途中、不意に背後から呼び止められた。振り向いた先には、背が高く痩せ型の教師がいた。確か、美術の先生だった気がする。名前は、なんだっけ?
「君は、なにか部活に入っていたかな?」
「いえ……」
「良かった。それじゃあ、絵のモデルになってくれないか」
モデル?
「放課後、2時間くらいでいいんだ。頼むよ」
戸惑いが顔に出ていたんだろう。先生は野良猫を安心させるみたいに、ゆっくりと表情を緩めた。
「あの、どうして僕なんですか」
「……絵のテーマに、誰よりも君が1番合っているんだ」
答えるまでの一瞬の間が気になったけれど、くすぐったくなるような理由に胸の奥がザワついた。
「あっ、決して変なテーマじゃないんだ。デッサンを見て、君が嫌だったらそれ以上は描かない。まずはデッサンだけでもお願いできないかい?」
動揺は、僕だけじゃなかったらしい。先生は、少し頰を紅潮させながら、あたふたと言葉を続けた。先生なのに。大人なのに。僕は思わず可愛いと思ってしまった。そんな風に感じた自分に驚いたりして。
「いつからですか」
「え」
「今日は、遅くなるって家の人に言っていないので、ちょっと」
「ああ、ありがとう! 柳井くん、ありがとう!」
先生は真っ赤になって、日誌を持っていない僕の左手を両手で掬い上げると、がっしりと握って上下に何度も振った。大きくて長い指、それが箕尾先生との最初の接触だった。
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