Dessin.3

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Dessin.3

「圭人さんは、テレビでも観ててください」  バスルームから戻ると、青いエプロンを付けた翼くんが既にキッチンにいた。  大人しくソファに座ってテレビをつけたけれど、気がつけば僕の視線はキッチンに向いていた。自分のために料理を作ってくれる人なんて――大学の頃、数ヶ月付き合った彼女以来、何年振りのことだろう。しかも、あれはこの部屋ではなかった。見慣れたキッチンの見慣れない光景を、ついボンヤリと眺めてしまう。 「圭人さん? そんなジッと見詰めないでください」 「えっ? ああ……新鮮でね」  サラダの入ったボウルを手にした翼くんの顔に苦笑いが広がった。 「あと少しで出来ますから」 「ありがとう」  新聞や雑誌が雑然と積まれていたローテーブルはきちんと片付けられ、若草色のランチョンマットが敷かれている。彼は、中央にサラダボウルを、ランチョンマットの上に取り皿とグラスを置いて踵を返した。  程なく運ばれてきた深皿には、大盛りのナポリタン。玉ねぎとピーマンとベーコンにウィンナーまで入った具沢山だ。ペットボトルからウーロン茶を注いで、ディナータイムが始まった。 「美味い。凄いな、アルデンテだ」 「褒めすぎですよ」 「いや、僕は自炊が苦手だから。つい外食かコンビニ飯なんだ」 「教師って、忙しいんでしょう?」 「まぁね。でも、言い訳だよ」 「じゃあ、今度はカレー作ります」 「本当? 嬉しいなぁ!」 「市販のルゥですよ」 「それでも、嬉しいよ」  こんな日が来るなんて、半年前に出会ったときは想像もしなかった。ただ「また会いたい」という想いだけで提示した交換条件だったのに。  2週間後、翼くんは昼過ぎに僕の部屋を訪れた。いつもより3時間も早く来たのは、RINEで『一緒に食材を買いに行きたい』と言ってきたからだ。  僕達は郊外のショッピングモールで買い物をして、カフェでお茶を飲んで帰宅した。それから2時間、至福の“冒険の旅”を共にして、彼の手料理を堪能した。  後片付けを終えると、門限の時間が迫っていた。電車で帰したのでは間に合わない。僕は、寮の門まで乗せて行った。 「まるで、付き合いたての恋人みたいだ」  建物内に消える姿を見送る。思わず漏れた独り言に、自分で動揺した。馬鹿なことを。だけど、浮かれていることは、もう隠しようがない。  バックミラーに映る自分の瞳を覗き込む。分かっているよな? あれは柳井昴じゃない。分かっている……けれど生身の柳井翼は、憧れていた二次元の美少年より、遥かに魅力的なんだ。
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