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第一章 1、2
僕が知らなかった母の世界
猪瀬 宣昭
第一章
1
僕は、洗ったピーマンをまな板の上に置いた。包丁でゆっくりと細いサイズをめざして切っていく。自分が考えていた細さにはならない。おまけに、ばらつきが出てしまう。まあ、料理初心者のだから仕方ない。切ったピーマンを金属製のボールに入れたキャバツ、ニラ、モヤシ、ニンジンの上に乗せる。
フライパンの上にサラダオイルを引いて、テーブルの上の料理本のレシピを思い出しながら、まずは、豚肉、軽く焼き上がったところで、野菜を投入した。ジャアっという音と共に、フライパンの中で水が弾ける。長い箸でかき混ぜながら、塩、こしょう、しょうゆといった調味料を加えれば、おいしそうな匂いが鼻を刺激する。
肉野菜炒めと中華スープ、それぞれ一時間程して帰る父の分をとりわけラップをかけて冷蔵庫に入れた。
自分の茶碗に、ごはんをよそう。
「肉野菜定食一丁あがり」
今日は、そんな言葉を言いながら、ダイニングテーブルの椅子に座った。
「いただきます」
胸の前で掌を合わせる。
「いただきます」を言うのは幼い時からの習慣だったが、掌を合わせるのは違う。母が事故で亡くなってからだ。それも、ひとりで食事をする時に限ってである。
肉野菜炒めも中華スープも旨い。
「おいしく出来たよ」
僕は、斜め前の席に向かって視線を向け、母の姿を描き語りかける。
「おいしそう。さすが正弘ね。たいしたものよ」
こちらに向く母の顔が空気の中に浮かびあがり、声もはっきりと再現された。
交通事故で母が命を落としたのは、二十日程前だった。
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