第一章  1、2       

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        第一章 2            2   その日は、木曜日、高校の授業が五時間の日だった。いつもより早く帰って来た僕は、自宅で母の交通事故を知らされたのだった。  僕が息子であるのを確認すると、電話の向こうで警察の人は低い声で言った。 「K市の八千代二丁目の道路でお母さんの軽自動車がトラックと衝突しまして、お母さんは、K市の市民病院に緊急輸送されました」    トラックと衝突、僕の頬にビリビリと電流が流れた。トラックとだなんて、余りに相手が悪い。悪すぎる。 「意識はあるんですか」 「救急車に乗せられた時は意識不明でした。お父さんは会社ですか?」 「そうです」 「じゃあ、連絡して、あなたはすぐに病院に向かって」  警察の人の口調が、ぐずぐずするな、一刻を争う事態だ、と伝えている。    父に連絡すると、僕は、最寄駅に急ぎタクシーで病院に向かった。               母は、手術室中のランプが灯った扉の中にいた。 「ここでお待ちください」  病院の事務職員に言われて、手術室の前の長椅子に腰かける。  トラックにぶつかったって、どんなぶつかり方をしたのだろう。全くの正面衝突だったら即死じゃないだろうか。車椅子に乗るような体になっても、とに角、助かって欲しい、と願った。    黒いバッグを持った父が険しい顔つきでやって来た。 「どんな具合だ」 「四十分前位にこっちに着いたんだけど、手術室から誰も出て来ないんだよ」 「よりによって、トラックとは、な」  父は、ため息をついて長椅子に座った。    沈黙が続いた後、 「何で、八千代二丁目なんだ?友達でもいたのか?」  父が聞いて来た。 「友達。聞いたことない。買物だったら他に行く場所が幾つもあるでしょ」  僕は答えた。    父が聞いて来たのも無理はない。それは、僕も首を傾げることだった。    母が、赤の軽乗用車を一番活用するのは、文句なしに買い物だった。車で行くとしたら最寄駅から電車で三つ先の五階建てのスーパー、ライアンか二年前に出来たグリーンモールショッピングセンターがほとんどだった。    どこに行ったのか、それが分かったのは、僕と父が売店で買った菓子パンを食べている時だった。  
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