第1話

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「そもそも、付き合ってほしいっていったの、あっちからなんだよ?」 「それ、今日何回目?」 「なのに、つまらないからとか言うの。……信じられない!」 「それも聞いた。かれこれ五回以上ね」  私の愚痴を聞き流すユウちゃん。その手は手際よくグラスを拭いている。  ……なんだ、聖徳太子か。そもそも、私自身何度言ったかわからなくなってきている。……五回以上って、ユウちゃんよく記憶してるなぁ、って。 「まぁ、話くらいはいくらでも付き合ってあげるわよ。今日、あなたしかお客さんいないし」 「……閑古鳥、鳴いてるんだね」 「そんなこと言うと、追い出すぞ?」  一瞬だけユウちゃんの本性が出た。低い低い声に、私はなんだか面白くて笑ってしまう。  すると、ユウちゃんも笑った。 「ほら、葵ちゃんは笑ってる顔が一番可愛いんだから。……そんな最低クソ男のことなんて忘れて、新しい恋を見つけなさい」 「……見つけようとして見つけられたらぁ、簡単なんだよねぇ」  出されたお水を口に運びつつ、そう零す。お水の入ったグラスを揺らしつつ、私は笑い声をあげた。  とはいっても、それは嘲笑だ。付き合って四年の記念日に振られた、私を自分で嘲笑っているんだ。 「全く、あなたは切り替えが遅いのよ。……もっとさっさと切り替えなさい」 「……うん」  ユウちゃんの言葉はもっともだ。この場合彼が正しくて、間違っているのは私。  ……あぁ、惨めだなぁって。 「そういえば、ユウちゃん。ユウちゃんは、お仕事のほう順調なの~?」  ふと気になったことを尋ねてみる。  ユウちゃんこと荒尾(あらお) ユウキは、私の小中高の同級生。昼間は見習いスタイリストとして、勉強中。そして、夜は親戚の経営するこのバーでアルバイトをしている。簡潔に言えば、お仕事の掛け持ちをしている。
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