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<今日も会えないや>    正直言って(そろそろ他の言葉を考えろ)と言いたくなる。言い訳をするにしても、嘘をつくにしても、あまりにもワンパターンだと怒る気さえ失せてくるのだから。むしろそれを狙っているのか……と考えると理に適うのかもしれないものの、やられている方はたまったものじゃなかった。  付き合って三年になる恋人の咲菜(さな)は高校時代の同級生であり、社会人となった今は、隣街でタウン誌の編集をしている。そういう仕事だとわかっているからこそ、俺は咲菜の<今日も会えないや>をだまって呑み込むことができていたのだ。  さて、咲菜と最後に会ったのはいつだったろうか。  俺は愛車の運転席におさまりながら、ぼんやりと考えてみた。最新の記憶の中にいる咲菜はまだ薄着だったし、肌に掌をのせてみると、しっとりと汗ばんでいた。夏だろうと冬だろうと身体を重ねれば汗はかくのだろうが、その時のシチュエーションはベッドの上ではなかった。交わりどころか、手を繋ぐことすらもご無沙汰だ。  何十年周期で地球に接近する彗星と同じで、最近の咲菜は再び会うまでがとてつもなく長く、会えた時間は刹那より短く感じ、一度離れるとまた同じくらいの間、会えなくなる。一応はメッセージアプリで連絡がつくものの、最近ではそれすら遅れるようになっていった。「既読」の二文字がついてから三日後に<寝てた>と返ってきたときは、宇宙人にでも拉致されていたのか……と問いただしたくなったものだ。  それでも俺の心を繋ぎとめていたのは、電話で言葉を交わすとき、いつも「なかなか会えないのが寂しいけど、光紀(こうき)のことを好きな気持ちは本当だから」という声が、俺の鼓膜と心を同時に震わせていたからだ。毎回のように「今度こそ問い詰めてやろう」と意気込んでいるのに、男なんていうのは女以上に女々しいクズだ……と痛感させられる。文字だけなら心がなくたってどうとでも書けるが、自分の唇から言葉を紡ぎ出すのは、何倍もエネルギーを遣う。  だから毎回、俺は出した矛を収めるどころか、むしろ出すことすらできないでいた。本当に心がないのなら、メッセージだけで済まそうとするはずだ。そうでないのは、たとえ気持ちが薄らいでいても、俺に対する気持ちはまだ消えていないのだ……と言い聞かせ続けた。俺は咲菜に会いたくて仕方がなかったが、重たく捉えられるのが嫌だったから、何も言わなかった。  しかし咲菜の振る舞いは、彼女が(この男はまだ自分のことを想っている)とよく理解しているからこそ為せる芸当だった。    それも含め、様々なことに気がついた俺はいま、これまで一度も握ることができなかった矛を、しっかりと手にしている。
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