青い流れ星 〜ブルートレイン〜

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 最寄駅から走って数十分、車は2人の故郷、前島(まえしま)にやって来た。前島はかつて、炭鉱で栄えた。多くの人が炭鉱で働き、多くの人が住んだ。星舘から延びていた前島鉄道はその炭鉱で掘られた鉱石を国鉄まで運ぶために作られた鉄道だ。長年黒字で、また住民の生活の足としても活躍した。だが、昭和30年代に入ってモータリゼーションの進展で乗客が減少した。石炭輸送で何とか持ちこたえていたが、その鉱山が閉山になると、前島鉄道の業績は悪化した。さらに、沿線の住民が少なくなり、以前から少なかった乗客がさらに減少した。それでも前島鉄道は諦めず、観光誘致を必死に行っていたが、10年ほど前に廃止になったという。遺構の多くはなくなったものの、終点の前島はしっかりと残っている。そして、そこには簡易宿泊所と鉱山資料館があるという。  2人の乗った車は前島のメインストリートを走っている。だが、廃屋が目立つ。メインストリートとは思えない寂れ具合だ。かつてあれだけ賑わった前島も、今ではこのありさまだ。まるで盛者必衰を表しているようだ。前島はこんなに寂れてしまった。歩いている住民は数えるほどしかなく、老人ばかりだ。かつて彼らは鉱山で働いていた、または働いていた人の家族だろうか?  程なくして、駅前広場らしき所にやって来た。そこには駅舎がある。前島駅だ。だが、その駅舎はすでに駅舎としての役目を終えている。今では、簡易宿泊所と鉱山資料館の管理棟として使われているという。 「さぁ、着いたぞ」  彰は駅前広場の前で車を停めた。実に見せたかったようだ。 「ここ?」 「うん。すごいだろ?」  彰は自慢げだ。自分の夢だった、ブルートレインの簡易宿泊所を作るという夢がかなった。  実は驚いた。駅舎の向こうに、何両かのブルートレインなどが見える。これが簡易宿泊所、ブルートレイン鳥海だ。 「うん。本当に手に入れたんだね」 「ああ。ここは前島鉄道の終点だったんだ。炭鉱で栄えていた頃は、とても広い構内だったんだ。だけど、炭鉱が閉山すると、賑わいがなくなり、乗客が減って、廃止になっちゃったんだ。だけど、ここに鉄道があり、賑わいがあったって事を伝えていきたいと思ってるんだ」 「ふーん」  2人は管理棟を抜けて、簡易宿泊所のあるホーム跡にやって来た。前島駅は広い構内だが、そのほとんどが石炭車を停めるための側線だったという。その端に、1面2線の島式ホームがあり、そこに旅客列車が発着したという。だが、本数が少なくなった晩年は駅舎よりのホームは使わず、1面1線になっていたという。2人が通学していた頃もそうだった。使わなくなったホームの線路ははがされ、自転車置き場になっていたそうだ。  2人はブルートレインに入った。この時間帯は宿泊者が1人もおらず、とても静かだ。車内はそのままの設備が残されていて、とても臨場感がある。今にも走り出しそうだが、もう走る事はない。 「こんな車内だったんだね」 「すごいだろ? この2段ベッドとか、3段ベッドとか、個室とか。トイレやシャワー室、洗面台は使えないから、駅舎を使うんだけどね」  ブルートレイン鳥海はブルートレインそのものの設備を残しているというのが売りだ。だが、トイレやシャワー室、洗面台は水道を設置していないので使えないという。使いたい時はやむを得ず管理棟を使うそうだ。駅舎も外観はそのままだが、中はかなり変わっていて、洗面台、シャワー室、洗面台があって、宿泊者同士で共用している。 「そっか」 「それに、ブルートレインさながらの放送があるんだよ」  実は驚いた。ここまでこだわっているとは。ぜひ、その放送を聞きたいな。 「本当?」 「うん。おやすみ放送やおはよう放送ね。しかも、ハイケンスのセレナーデと共に」  ハイケンスのセレナーデは、国鉄の客車列車に搭載されていたチャイムだ。もともとは戦時中のラジオ番組のテーマ曲だったが、戦後になって国鉄の客車列車のチャイムとして使われるようになった。少数ではあるが、今でもJRやバスで使われているという。 「ハイケンスのセレナーデ?」 「客車列車などで流れたチャイムだよ。旅情を誘うこの曲を聞くと、ジーンとくるんだ」  彰はその話をすると、胸がジーンとなった。これを聞くだけで、旅情に誘われる。 「へぇ」 「さぁ、実家に行こう」 「うん」  2人は実家に向かった。見学はここまで。実家に戻って母に顔を見せないと。  2人は車に乗り、実家に向かった。実家はここから1分もかからない所にある。辺りは雪深く、まるでモノクロの世界のようだ。その中に数軒の民家があるぐらいだ。炭鉱で栄えた頃はもっと多くの家があっただろう。その頃はどんな風景だったんだろう。全く想像できない。  2人は実家に戻ってきた。実はほっとした。何度帰ってきても、なぜかほっとする。実家って、そんなものだろうか? 車を見ると、母、千代(ちよ)がやって来た。千代はエプロンを付けている。 「ただいまー」 「おかえりー。寒かったでしょ?」 「うん」  2人は実家に入った。実は辺りを見渡した。ここが実家だ。東京で豊かな暮らしをするのもいいけど、実家もいいもんだ。  実は2階に行き、荷物を下ろした。東京での生活は色々大変だけど、ここでゆっくり体を休めよう。 「そっちの仕事はどうなの?」  実は振り向いた。そこに千代がいる。千代は実の事を心配しているようだ。 「順調だよ」 「そう。彰、最近ブルートレインを使った簡易宿泊所を経営するようになってから、注目を浴びるようになったのよ。テレビ番組に出るようになって、とても嬉しいわ」  千代は、ブルートレインの簡易宿泊所を経営している彰を誇りに思っているようだ。そのせいでテレビなどで注目されるようになり、お金が集まるからだ。 「テレビ出てたんだ! 僕、知らなかった」  だが、ブルートレイン鳥海の事を実は全く知らなかった。新聞やインターネットで見ただけだ。まさか、彰が話題になるとは。 「あんまりテレビを見てないの?」 「うん。仕事とかインターネットばっかりだから」 「そうなんだ」  千代は寂しそうだ。彰があれだけすごい事をやっているのに、全く興味を持たないなんて。仕事でいっぱいで、なかなか注目する事ができないだろうか? 「あっ、そうそう。今夜はきりたんぽ鍋よ」 「本当? 嬉しいなー」  きりたんぽ鍋は秋田県の郷土料理で、冬の定番鍋だ。秋田県特産の比内地鶏に、山の幸、それからあきたこまちを使ったたんぽを切って鍋で煮込む。特に、千代の作るたんぽはおいしくて、名人と言われるほどだ。 「東京でも食べられるの?」 「食べられるけど、行かないなー。やっぱりお母さんのたんぽを使ったきりたんぽ鍋が一番だよ」  きりたんぽ鍋は東京でも最近食べられるようになった。だが、行きたいと思わない。やっぱりきりたんぽ鍋は家族団らんで食べるものだ、秋田県で食べるものだと思っている。 「そうでしょ? やっぱり、私の愛情が入ってるから」  千代は嬉しそうだ。ここのきりたんぽ鍋が一番好きだと言ってくれる実が好きなようだ。 「ちょっと2階でゆっくりしてくるね」 「うん」  千代は部屋を出ていった。帰ったばかりでまだ疲れている。もう少しゆっくりしていよう。
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