狂愛

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 この気持ちは、想いはなんと呼ぶのだろう。言い表せる名称を俺は知らない。  どんな名称も当てはまらない。そんな想い。  恋ではない。  恋と呼ぶには甘酸っぱくなく、ふわりとした気持ちではない。  それでも颯に対してはずっと恋をしていた。過去は間違いなく恋だった。  それでは愛なのか。  愛と呼ぶには温かな、優しさのある気持ちではない。  颯と付き合うようになって、恋という気持ちを初めて知った。  そして今の想いへと変わっていった。  この想いにどうしても名称をつけるのならば、執着。  どろどろとした執着。  俺の知っている言葉の中で、この言葉以外に当てはまる言葉は見つからない。  子供の頃からイケメンと呼ばれた顔故に、自慢ではないが女性にはよくモテた。  モテたが故に、自分から誰かに恋い焦がれて、誰かに告白をして……と、そういう手順を踏むことなく恋人ができた。  女性から告白されて、付き合っている人がいなくて、特に嫌いでもなければ付き合っていた。  そして、誠実に付き合っているつもりだった。  それでも付き合い始めて半年も経つと、  あなたの中に私はいないのよね。  あなたは誰を見ているの?  そう言って俺の元を去っていった。  彼女たちと付き合っているときに他に好きだった人がいるわけではない。  誠実に付き合っているつもりだった。  最後の彼女は颯を好きになって別れたけれど、それだって颯のことを好きだと気づいてからはすぐに別れを切り出したほどだ。  彼女がいるときに二股をかけたことは一度もない。  そのときに俺の心の中に、誰かがいたことはない。  彼女たちが俺の心の中にいるつもりだった。  自分では彼女たちを想っているつもりだった。  それでももし、彼女たちが物足りなさを感じたとするならば、それは束縛かもしれない。  俺は彼女たちを縛ることはなかった。  誰と出かけようと、それが元カレであれ、俺の心が揺れることはなく、常にフラットだった。  もしかしたら、それが彼女たちのいう「私はいない」という言葉に繋がったのかもしれない。  結局、俺は誰をも愛していなかったのだ。  彼女たちとしていた付き合いは、彼氏のフリをし、彼女たちが喜ぶデートコースでデートをし、誕生日などの記念日にはブランド品だったり、彼女が好きなものをリサーチしてプレゼントしていた。  結局、恋愛ごっこだったのだ。  そのことに気づいたのは颯を好きになってからだった。  俺が初めて誰かに恋をしたのは颯が初めてだった。  そう、俺はこの歳にして初恋を経験したのだ。  初めて甘酸っぱい恋をして、ただ大事に愛しさを持ったのが颯が初めてなのだ。  束縛、という醜い感情を知ったのも颯が初めてだった。  颯は恋人いない歴イコール年齢の恋愛音痴だと自分のことを笑うが、俺も同じなのだ。  誰かと付き合ったことがあるかないかだけの違いで、俺も颯と同じなのだ。  そこで終わっておけば良かったと思う。  だけど、どこで間違えてしまったのだろう。  どこで生まれてしまったのだろう。  どこでこんなどす黒い感情が芽生えてしまったのだろう。  最初は颯の周囲の人間への嫉妬だった。  颯の友人たちはなんとはなしに颯に触れる。颯もそのことに慣れているので嫌がることはない。  そして、颯が仲良いのは男だけではない。女性もいる。綺麗な女性。可愛い女性。たくさんいる。  甘党な颯は女性たちと一緒にランチに行くこともある。  そして、これが一番厄介なのだが、颯は困っている人を放っておくことができない性格だ。  当然女性が困っているのを放っておけるはずもなく手を貸す。そうすることで女性は頬を染めて颯を見る。  颯の眼は水分の多い眼だ。そんなうるうるの瞳で見られて、親切にされて嫌な女性などいない。  そんなことに嫉妬している俺に対して、颯は笑って受け止めるのだ。  あまつさえ、嫉妬しているのは自分だって一緒だと言って笑うのだ。  そしてどんどん欲が出てきた。  その眼に俺だけを映しておけばいいって言ったらなんて言う?  その脚を折ってどこへも行かれないようになればいいっていったらどんな表情(かお)をする?  何も映さなくていいんだ、俺以外は。  どこへも行かなくていいんだ、俺のそば以外は。  俺のそばにいて、俺だけを見ていればいいんだ。  その瞳に俺だけを映して、俺の声だけを聞いていればいいんだ。  けれど、俺のそんな歪んだ気持ちを知らないから、颯は無防備に俺を見て、受け入れるんだ。  だから俺はその真っ白な心を利用する。俺のどす黒い気持ちのために。俺の歪んだ望みのために。  これは絶対に失敗しない計画だ。成功しかない計画だ。  ただ、お前がどんな顔をするのか、それだけがわからない。 「颯。コーヒーはいった」  テレビを見ている颯に声をかける。 「ありがと」  睡眠薬を二錠入れたコーヒーを颯に渡す。 「熱いからゆっくり飲めよ」 「うん」  睡眠薬入りだなんて気づきもしない颯は、ふーふーいいながら飲んでいる。  颯。  目が覚めた後もそうやって笑ってくれる?  コーヒーを飲んで、二言三言言葉を交わして颯は眠りに落ちた。  そして俺は仕上げをする。  長い鎖をじゃらじゃらと言わせて颯を繋げる。  家の中は自由に歩けるけれど、外へは行かれない。  これからはこの家の中だけが颯の世界だ。  これからその目に映るのはこの俺だけだ。  それ以外はお前の目に映らない。映さない。  嗚呼、早くその目を覚まして俺をその目に映して。  
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