それが僕じゃなくても

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4  会いたい。  今ものすごく、に会いたい。  私は窓の外を眺めた。  あの日と同じ空。絵の具でべったり塗ったみたいな水色で、とても天気がよかったから、あの日もあえてオープンテラスを選んだのだろうな。  それは、唐突だった。  居眠り運転をした車が喫茶店へ突っ込んで、兄の命が奪われた。  なんでお兄ちゃんなの?  月並みだけど何度もそう思った。  お葬式も済ませたし、骨だけになった姿も見たはずなのに、死んだ実感はまるっきり湧いてこなかった。受け入れたくなかった……と言った方が正しいかもしれない。  だから、それに逆らうように時折手紙を書いた。兄に宛てた手紙は、あたたかいコーヒーとともに、兄がいつも座っていた席にしばらく置いて、コーヒーが冷め切ったのを合図に下げていた。ある種儀式のようなもの。それを何回も何十回も繰り返していくうちに、当時付き合っていた彼と結婚し、彼との間に子どもを授かった。  こういうときは、生まれ変わりを無性に信じたくなる。なんらかの形で、またお兄ちゃんに会いたいって。でもそんなの所詮ファンタジーなんだろうなと、変に冷めている自分がいるのもたしかだった。そもそも生まれ変わりって、自分の希望が簡単に通るものなんだろうか?  仮に。  もし生まれ変わりというものが存在して、それがだったとしたら、それは願ったり叶ったり。  もし違ったら?  いや、そこは重要ではない。  たとえそれがじゃなかったとしても、生まれてくるあなたのことを心待ちにしていた。だからあとは、会いたいに会うその日まで、目一杯あなたを愛すのみ。  腕の中で眠る娘は、真っ白な肌着に包まれていて、さながら天使のようだった。 【完】
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