125人が本棚に入れています
本棚に追加
第七話 彼女が視た物②
噂の霊感美少女の名前を出すと、飯田さんが僅かに反応したので、雨宮さんの霊能力は、噂になっているようだ。
田舎じゃ、普通は鍵を開けっ放しにしている家が多いが、カチャリと鍵を開けて、恐る恐る顔を覗かせる。
よほど、なにかを恐れているようで手招きされるがまま、彼女の家にお邪魔した。
両親は出払っており、足が不自由な祖母は部屋に引きこもっているという。一時間程度なら、彼女と話ができそうだった。
「ごめんなさい、こんな格好で。雨宮さんだったら、あの時の事を信じてくれそうだから。誰も、私の話なんて信じてくれないのよ」
パジャマ姿にチェックのナイトガウンを羽織った飯田さんは、どこかやつれていて、目の下にクマを作っている。飯田さんは霊感の強い雨宮さんを、藁をも掴む思いで見ていた。
「飯田先輩のご両親は、どうやら心霊関係に理解はないみたいだね?」
「ええ。全くそういうのを信じない人達なの。私が幽霊なんて口走ろう物なら、お祖母ちゃんがね、お前の育て方が悪いってお母さんを責めちゃうのよ」
嫁姑問題まで発展してしまうのなら、うかつに体験談を、家庭で話せないな。
飯田さんは、もうこれ以上学校は休めないが、学校に行くのが怖い。でも、幽霊が怖くて勉強ができないなんて言ってしまうと、精神病院に入れられてしまうのではと、彼女は表情を曇らせた。
「あの日、飯田先輩と赤城先輩が見た悪霊は私が封印したから、安心して良いよ。もう貴方に危害を加えたりしない」
「良かった……! でも……久美ちゃんが」
「赤城さんが?」
飯田さんは胸を撫で下ろして、一瞬表情を明るくしたが、再び彼女は顔を項垂れて目を伏せる。そしてボソリと言った。
「久美ちゃんが夢の中で出てくるんです。典子、助けてって。私……私だけが助かったせいなのかしら」
「飯田先輩、聞きながら霊視するから、あの日なにを視たのか教えて欲しいのだけど」
「ええ、分かったわ」
彼女の話はこうだ。
吹奏楽部の部活が終わり、帰る寸前に冬休みの宿題を教室に忘れてしまった事を思い出した。赤城さんに頼んで、一緒に教室まで向かい、忘れ物を回収した。
帰る途中で、赤城さんは階段登る女性の後姿を見つけたのだという。
数学の伊藤先生かもしれないと思った赤城さんは、二人で帰りの挨拶をしようと思い、その人物の後を追った。
そして僕達が視た、あの恐ろしい体験をする事になる。
「私達、完全に体が、どうしたって動かなくなってしまったのよ。それから、鏡から知らない女の人が出てきて……恐ろしい形相で腕を伸ばしてきたわ。私と久美ちゃんはそのまま床に尻餅を付いてしまったのよ。それで一瞬、あまりの恐怖に意識を失ってしまったんだけど」
飯田さんが話している最中、雨宮さんは視線を彷徨わせて、彼女を霊視しているようだった。やっぱり光の加減なのか、彼女の瞳は黒ではなく、吸血鬼のように紅く光って居るように見える。
「ちょっと意識が戻って、久美ちゃんが立ち上がるのが見えたの。フラフラして、おぼつかない足取りで、幽霊みたいに歩いちゃってさ。私、名前を呼ぼうとしたんだけど、声が全然出せなくて。久美ちゃんは私を置いて歩いて行ったの」
「赤城先輩は、依代に選ばれて、憑かれたんだ。地縛霊は場所に捕らわれていて動けないから、念を飛ばして陽炎のような幻覚を見せるか、人の肉体を借りるしかない」
それじゃあ、藤堂先生は赤城さんの肉体を憑依して、どこかに移動したんだろうか。
「それで……次に気付いたのは、澤本先生に揺り起こされた時だわ。私は廊下で気を失っていて、久美ちゃんは居なかったの。彼女を見たのはそれが最後で。久美ちゃん、死んじゃった」
そう言って飯田さんは、両手で顔を抑えると、しくしくと泣き始めてしまった。無理もない、仲の良い友人が行方不明になり、死んでしまったなんて、気を病んでしまって当然だろう。
「科学の澤本か」
「赤城先輩と、澤本先生ってどういう関係なのか、知ってる? 頻繁に職員室に行って話し掛けているのが視えるんだよ。駐車場で話し込んでいる姿もある」
霊視を止めたのか、雨宮さんは泣いている飯田さんに視線を戻すと、彼女の肩がピクリと揺れて、鼻を啜る。
「澤本先生が、女子に人気があるのは知っているでしょ。私もそうだけど、久美ちゃんも澤本先生に恋をしていたわ。二人でラブレター書いたりしてね。ファンクラブだってあるのよ。親衛隊にだって入ったのよ。だけど、それだけだよ。私達と澤本先は、そんなふしだらな関係なんかじゃないわ。第一、澤本先生はご結婚されているのよ?」
ファンクラブがあるのは知っていたが、親衛隊までいるんだな。飯田さんと赤城さんは、どうやら澤本の、熱狂的なファンだったようだ。
ただ、飯田さんの反応を見ると本気で教師に恋をしていたんじゃないかと思う。
「そう、分かった。赤城さんの霊も私が成仏させるよ。もう大丈夫、飯田先輩が学校に来てもなにも起きないだろうし、夢も見なくなる。それじゃあ、そろそろ帰るよ。海野先輩」
「も、もう?」
「本当に? ありがとう、雨宮さん!」
随分とあっさりそう言うと、雨宮さんは早々に、話を切り上げるようにして立ち上がった。飯田さんは少し心が軽くなったようで、明るい表情をしていた。
僕は頭を下げると、慌てて雨宮さんの後に続いて、彼女の家を出る。
「なんか、拍子抜けしたな。もっと凄い体験をしてるかと思ったのに。それにしても雨宮さん、唐突に話を切り上げるんだから驚いたよ」
「凄い体験かどうかは知らないけどね。飯田先輩は否定していたし、澤本と赤城先輩が不倫をしている事を、認めたくなかったんだろう」
「えっ! 生徒と不倫……!?」
「飯田先輩も本気で澤本の事を好きみたいだから、言えなかったんじゃない? 自分を差し置いて、彼女が澤本と恋仲になってるのが、腹立たしかったのかも。それとも不倫をする男だなんて信じたくなかったのかな? 私には全く理解できないけど」
「恋は盲目だなぁ。それにしても澤本の奴、教え子と不倫だなんて最低だな。幻滅するよ」
「飯田さんを霊視してみたけど、彼女にはなにも憑いてなかった。おそらく彼女が赤城先輩の夢を見たのは、友達への罪悪感からくるもんだねぇ。きっと、どこか頭の片隅で『もしかして』と思っていたんだろうね。二人の事を、気付かないふりしていたんじゃないかな」
随分と思わせぶりな発言だった。だけど、二人の不倫を黙っている事が罪悪感に繋がるとは、一体どういう意味だ?
「友達の不倫に目を瞑っていた事が、彼女への罪悪感になるのか?」
「違うよ。あの時、どうして赤城先輩が行方不明になって、死んだのか。藤堂先生の呟いていた言葉も、ようやく私の中で繫がって、謎が解けたのさ」
そう言って、振り向いた雨宮さんの黒髪が冷たい北風に靡いて踊った。
最初のコメントを投稿しよう!