「ここに手を置いて」

2/9

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 高校三年生の最後の文化祭に、僕は実行委員として選ばれてしまった。誰も立候補しない状況で先生が諦めて推薦を認めた結果だった。断れない性格の僕が承諾したその直後、彼女が手を挙げた。視線はすべて彼女、峰瀬凛に集まって、教室がざわついた。 「私もやります!」  まさか、こんな形で関わることになるなんて思わず、少しだけ、ほんの少しだけ期待を抱いてしまった。  二人でクラス代表となったことで、初めて会話をした。 「須田くんだよね。ずっと話してみたかったんだ」 「え、なんで?」 「いつもさ、人間観察でもしてんのかってぐらい教室見渡しているじゃん。だから、なに考えているんだろうなって気になってたの」  気づかれていたが恥ずかしい。正直、自分の中に周囲の人間を見下す癖があるのはわかっていた。だからこそ、それを好きな人に気づかれたのだと思うと耐えられなかった。 「ぼんやりしているだけだよ」 「嘘だ〜」  そう言いながらも、彼女はゲラゲラと笑う。なにがそんなに面白かったのかはわからないが、それでも楽しそうにしている峰瀬さんをみると安心できた。  それから文化祭が終わるまで、ずっと忙しなく動いていた。資材の準備や、領収を集めたり、会議に出たりと、本来なら受験勉強に時間を費やしたいところを、全部文化祭のために動いていた。その間も峰瀬さんとはいろんな会話をした。元々、誰とでも距離が近い峰瀬さんだったが、こんな僕とでも仲良くしてくれているのが嬉しかった。  そして、文化祭が終わった後の最後の会議。委員長を務めた人から労いの言葉があったのと、文化祭で使ったものの領収書を渡して精算するだけで解散した。峰瀬さんと会話をするのもこれで最後かもしれないと思っていた。二人っきりで、夕日が差し込む廊下を歩いていた。珍しく、会話のない静かな時間で足音だけが響く。下駄箱まできたところで、なにか言おうかと振り返ろうとした瞬間、名前を呼ばれた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加