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いつもの天真爛漫な表情はそこにはなくて、どこか覚悟を決めたかのような強さのある目をしていた。
「須田くんのこと、好きなの。付き合ってください」
「峰瀬さんが、僕のことを?」
「そう言ったじゃん」
すぐには喜びの感情が湧かなくて、僕はバカみたいに峰瀬さんの「好きなの」という言葉を噛み締めていた。この無言の時間に峰瀬さんがどれだけ緊張して僕の答えを待っていたのかはわからない。
「ねぇ、そんな黙っていられると落ち込むんだけど」
「あ、あぁ、ごめん」
「それは付き合えないってこと?」
表情がみるみる暗くなっていく。今にも泣いてしまいそうな目に焦った。
「違う! そういう意味じゃない! 僕も峰瀬さんのこと好き、なんだと思う」
「思うってなによ。はっきり言って」
こんなときも無意識のうちに逃げ場を作っている自分が恥ずかしくなった。頭の片隅にこれが罰ゲームとかだったらどうしようなんて考えてしまったんだ。だから、今度こそ僕は正しく、自分の気持ちを言い直した。
「僕も峰瀬さんのこと好きだ。こちらこそ、付き合ってほしい……です」
逃がさないように、しっかりと目を見て今度こそちゃんと言った。中途半端に開いていた距離が峰瀬さんの方から縮められていく。目の前で止まった峰瀬さんは僕の手を掴んできた。
「じゃあ、これからよろしくね」
きっと誰にも見せたことがないのであろうすべてが柔らかく綻んだ優しい表情でそう言ってくれた。ボディタッチされることは良くあったが、こんなふうに手を握られるのは初めてでドキドキしていた。僕よりも少しだけ高い目線から逃げるように俯いた。きっと今僕の顔は赤くなってしまっている。どこから湧いてくるのかわからないが、身体の芯から熱いのだ。
恋人として歩く帰り道は距離も、時間も、とても短く感じた。分かれるまでがほんの一瞬で寂しくなる。バイバイと手を振って分かれる寸前に峰瀬さんが「好きだよ」と言ってくれた。
「うん、僕も」
「違うでしょー。ちゃんと好きって最後まで言ってよ」
こんな可愛らしい我儘を言う人なのだと初めて知る。それを知っているのが僕だけだと言うことがどれほど嬉しいことか。
「僕も峰瀬さんのこと好きだよ」
分かれるために少しだけ開いた距離がまた短くなった。
「ねぇ」
その一言だけでわかる緊張感。僕の心臓まで鼓動が早くなる。
「明日からは凛って呼んで。私も司って呼ぶから」
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