「ここに手を置いて」

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「わかった」 「じゃあね、バイバイ」  手を振ってそれぞれの帰路につく。軽い足取りで踊るように帰っていく峰瀬さんの後ろ姿から目が離せなくてずっと見つめていた。罰ゲームなんかじゃないのだと確信する。本当に両想いになれたんだと、じわじわ湧いてくる実感を噛み締めた。  次の日、教室に入ったところで峰瀬さんに声をかけられた。 「司、おはよう」  その口調にはやはり少し緊張が含まれていて、はにかんだ笑顔が可愛らしかった。僕も峰瀬さんと言いかけて止まる。 「凛、おはよう」  それを聞いたクラスメイトが少しざわつく。すぐに凛の友達が駆け寄ってきて「付き合ってるの?」と訊いた。凛は照れながら頷いた。クラスの華である凛が僕と付き合い始めたことに衝撃を受けた人は多かった。凛の周りには人だかりができるが、僕は一人だ。それでも、凛の心の中に僕がいるのだと思うとそれも恥ずかしくなかった。  だが、文化祭が終わってすぐに僕たちは就職活動や受験勉強に専念しなければならなかった。凛は看護師になりたいと言って看護学校を受けることにしていた。僕は特にこれといった夢もなかったので地元で就職する形で進路が決まった。凛が看護師になるまでの四年間という突然の遠距離に不安を抱いていた。それはお互い同じだったようで、不安を埋めるようにほぼ毎日、同じ時間を過ごした。凛が受験勉強している隣で僕は読書をしていた。勉強が終わると毎日手を繋いで帰った。気づけば、僕が凛を家まで送っていくのが日課になっていた。時折、会えるとしても、四年間も会えないのだと思うと、どうしても寂しかった。それでも、口にはしなかった。握っている手から、また明日といって別れる時の表情から同じことを思っているのがわかる。  だから、応援するしかなかった。二人で行った初詣には凛へ学業祈願のお守りを買ってプレゼントした。絶対合格するからと言って受け取ったその表情は力強さで満ち溢れていた。  そして、みんなの期待に応えるように凛は見事合格した。卒業式を終えて、一週間ほどで凛は向こうの暮らしに慣れたいからと言って早めに上京した。最後まで笑っていた凛は決して泣かなかった。だから僕も笑って送り出した。  それから程なくして、お互いの新生活が始まった。僕が入った会社は思っていたよりもホワイト企業で、残業もほとんどなく上司ガチャも当たりだったのか、ミスをしても怒鳴られることはなかった。給料もそこそこ良く、安定した生活を送ることができていた。
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