「ここに手を置いて」

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 あんなに頑張っていたのに、楽しそうにしていたのに、どうしてとも訊けなかった。現場を知らない僕が言ってはいけないような気がした。 「大丈夫だよ。きっと少し疲れちゃっただけだから、ほら、可能ならさ学校休んでしばらくこっちに帰ってきなよ。僕の家に泊まってっていいから」 「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」 「謝らなくていいよ。帰るときは教えて。迎えに行くから。それまで頑張れる?」 「うん……」  やっと、会話の糸口が掴めた気がした。凛の呼吸が落ち着くまで待った。長い間、泣き続けたあと凛はやっと深呼吸をつけるようになった。 「落ち着いた?」 「うん、ありがとうね。もう少しだけ、頑張ってみる」 「無理しないようにね。今日はもう遅いから、しっかり寝るんだよ」 「お母さんみたいなこと言うね。でも、ありがとう。おやすみ」  おやすみと返して電話を切った。スマホに充電コードを差して、深呼吸した。自分の心配が杞憂で終わったのは本当に良かった。それでも、凛の状態は普通じゃなかった。天真爛漫で無邪気に笑う姿がよく似合う凛からは想像もつかないような泣き方だった。聞いてる僕までもが苦しくなってしまった。学校がつらくなってしまったことにはきっとなにか理由がある。いろいろと考えたが、なんとなく理由は想像がついていた。  だが、僕のほうからそれに触れるのは違う気がしてなにも言わなかった。次、凛から連絡があったときはすぐ駆けつけられるように準備をしておこう。まだ乗り慣れていない車の中に僕は使っていない毛布や、凛との思い出があるぬいぐるみを載せたりした。もちろん、ゴミも回収して綺麗な状態にした。これでいつでも迎えに行ける。そんな時が来ないのが一番良かったのだが、凛から助けを求める電話は次の週には来てしまった。  次の日仕事があったが、そんなことも関係なしに仕事終わりの十八時からそのまま東京に向かって車を走らせた。電話の中で凛が漏らした「死にたい」という言葉だけが耳から離れなかった。スピードを出して高速を走るのはこわかったが、それ以上に凛の心が耐えられるかが心配だった。間に合えと祈りながら走る真っ暗な道は僕自身をもどこかに迷わされそうになる。
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