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いったいぜんたいどういうことだろう。ハルディアは十年も前に死んだのだ。棺が墓に納められるのも目にしていた。何故、猫が彼の声で喋るのだろう。
『まあ、蘇生の錬金法にのめり込む君には、俺の声が届いていなかったようだからね』
「憧れのひとを袖にし続けるなんて、君もなかなか罪深いよ」
ハルディアの話し方をする猫を見やって、アーキスが苦笑する。その様子から察することができるのは。
「アーキス。あなた、ハルディアだってわかっていたの?」
アーキスは目を細めて肩をすくめる。それが答えだ。
『十年前、俺は毒霧で気を失う寸前に、咄嗟にそばにいたこの猫に意識を移し替えて逃げ出した。賭けだったし、実際意識が身体になじむまでにしばらくかかって、俺だという自覚を得たのは最近だけどね』
そう、ハルディアは、不老不死はできずとも、『意識を別の身体に移し替えることで、近いことを実現することは可能になるはずだ』と言っていた。それを生前の彼が実践レベルにまで持っていっていても不思議ではなかったのだ。それにしても、現実的だった彼がそんな賭けにまで出るとは、らしくないというかなんというか。
『君を置いてゆくのが心配だったから』
猫のハルディアがわたしの手の甲に頬をすり寄せてくる。
『立派になったね、マーサ。俺のためにここまでしてくれてありがとう。でももう、無茶は駄目だよ』
じんわりと目の奥から熱いものが込み上げてくる。どんな姿でもいい。ハルディアが戻ってきてくれたことに変わりはない。
「うん!」涙声になりながら、猫をぎゅうっと抱き締める。
「もう無茶はしない! だからこれからもずっと一緒にいてね、ハルディア!」
胸いっぱいの嬉しさで、わたしは聞きそびれてしまった。
『ははは、ちょっと苦しいぞ』と手を降参の形に掲げるハルディアと。
「……妬けるなあ」と少し切なそうに零したアーキスのつぶやきを。
あなたに会いたい。その願いは意外な形で叶えられた。
これからのわたしの錬金術は、ハルディアをひとの姿に戻すための研究になるだろう。でも、何年、何十年かかっても、果たしてみせよう。
わたしはきっと、ハルディアを越える錬金術師になってみせる。
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