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アーキスと里の入口で別れ、自宅へ戻る。テーブルの上に雑多に物が置かれているのも、シチュー鍋が三日前から暖炉にかけっぱなしなのも、ぐちゃぐちゃになった布団も、何もかもそのままに、地下室へ降りようとする。
すると、足元にまつわりつく温もりがあって、目を向けた。
いつからかこの家に居着くようになった、薄茶の毛並みに蒼い瞳の猫だ。ごろごろと喉を鳴らしながら、身をすり寄せてくる。餌の催促だろうか。
「ごめんね。大事な用事があるの。ごはんは終わったらにしよう?」
猫に言葉は通じるのだろうか。申し訳ない気持ちに駆られつつ声をかけると、蒼い瞳はじいっとこちらを見つめた後、不意にそっぽを向いて離れ、玄関の隙間から外へ出ていってしまった。
猫とはそもそも気まぐれなものだ。大して気にせず、地下への扉を開ける。湿った空気とかび独特のにおいがまとわりつくのも気にせず、石の階段を降りる。
一人立ちをしてから家族さえも通さなかった地下室の床には、錬金薬で描いた白い魔方陣が展開されている。あとは必要な薬草を調合して、秘術を行使するだけだ。部屋の隅にある調剤台で、摘んできた薬草を煎じて、赤い液薬と混ぜる。それを魔方陣の上に、術式を展開できるように古代文字で描く。次第に心臓がばくばく言って、手が震えるが、ここでしくじったら全てが水の泡だ。
「さあ、あと一歩よ、マーサ」
鼓舞するように呟いて、魔方陣の真ん中に立つ。最後の仕上げは、術者の意思がどれだけ強いかだ。
「……ハルディア」
もう一度会いたいと願い続けたわたしの憧れ。復活したら、わたしがすっかり近い年齢になっていることに驚くだろうか。こんなに複雑な術法を成し遂げたわたしを褒めてくれるだろうか。
万感の想いを込めて、願いを力強く音にする。
「あなたに、会いたいの。ハルディア」
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