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直後、魔方陣がまばゆいほどの光を放った。ぶわりと吹き出す強風に、さして鍛えてもいないわたしの身体は、紙切れのように吹き飛ばされる。床に投げ出されてしばらく痛みで動けなかったが、ようよう顔を上げ、わたしは驚きに固まってしまった。
魔方陣の上に、金髪蒼瞳の青年なんていなかった。全身がかさぶたで覆われたような皮膚を持つ、人間の三倍くらいは大きいだろうという、蜥蜴のような獣が、ふしゅるるる……と口から蒸気を吐いて立ちはだかっていた。
瞳孔の無い瞳がぎょろりとこちらを向き、わたしを映し出すのがわかる。耳まで裂けた口が三日月を描いた。笑ったのだろうか。がちがちと歯が鳴り、全身が震える。思わず後ずさったが、背中はすぐに壁についてしまった。
獣はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。術は失敗したのだという大いなる失望と、底なしの恐怖で、逃げる、という選択肢をわたしは落としてきてしまった。
(ごめんなさい、ハルディア)
今更、悔恨の念が湧いて出る。会いたい、というわたしの我儘で、あなたをこんな化け物にしてしまった。死んだひとを呼び戻すなんて、『不死は達成できない』と言っていたあなたを冒涜する行為だった。だから、ここで喰われて死ぬことも、当然の報いなのだろう。
覚悟を決めて、目を閉じた時。
「マーサ!」アーキスの声と。
『マーサ!』懐かしい、聞き覚えのある声。
それらが同時に耳に届いたかと思うと、薄茶の猫がわたしの前に降り立ち、剣を振りかざしたアーキスが、雄叫びをあげながら獣に突っ込んでゆく。
白銀の剣は獣の胸に深々と突き刺さり、化け物はそら恐ろしい断末魔の悲鳴をあげながらぐずぐずと溶け落ち、魔方陣を黒く染めて、静寂が戻った。
「大丈夫かい、マーサ」
アーキスが剣を鞘に収めて歩み寄ってくる。
『まったく、マーサ!』
そこに、彼とは別の声が割り込んだ。
『君は昔から、突拍子も無いことをする子だった。死者を呼び戻す術の成功例が記されていないことから、結果を思い描くことはできだただろうに』
猫が深々と溜息をつく。そう。喋って溜息をついている。猫が。それに、この声をわたしは知っている。
「……ハルディア……?」
恐る恐る名を呼ぶと、『やっと気づいたのかい?』と猫はにやりと笑った。
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