タマムスビ姫

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タマムスビ姫

 一方、喧嘩を静也に任せた紀子は、無惨に断ち切られた霊脈を見つめ、呆然と、沈下してしまった神威岩を見つめていた。  霊的に考えて、もう手遅れだった。地脈は乱れ行き場を失い、今にもはち切れようとしていた。  静也は、無意味に光忠と戦っている。  今更なのよあの馬鹿達。仮に、静也が勝利したところで、日本がもたなければ何にもならない。  紀子は、背後に邪悪で淫靡な霊気を感じて振り返った。  ――はい?  いきなり現れた諫早祓魔官は、右手に鉄の棒を、左手に巨大なぬいぐるみを抱いていた。 「お困りのようですね?」 「い――諫早さん」 「その概念は既に消滅しました。私は、愛されている女、ラブママ、勘解由小路真琴です。要するに、降魔さんの最愛のメス蛇ちゃんです。田所紀子さん、貴女に、国を救っていただきたいのです。天の御柱はご存じですね?祓魔課は、既に地脈の流れを把握し、何者かがこの度のような暴挙に出た時のことを考えて、救済措置をとっていました。これは、祓魔課と島原課長、降魔さん、他多くの陰陽師が、何年もかけて霊力を込めて作りだした御柱です。あとは、新たに撃ち込まれた御柱を、地脈に同化させ、更には霊脈と繋ぎます。出来ますよね?」  えー、まあ、理論的には解るが、でも。紀子は、ぬいぐるみを見て言った。 「あの、それは、一体?」  あん♡よくぞ聞いてくれました♡日本が滅びそうな火事場に、馬鹿なものを持ち込んだ女は応えた。 「これは、三鷹さんと共同で作成した、等身大の降魔さんです。今別行動をとっていまして。でも、これがあれば寂しくありません」  頬を染めて、ぬいぐるみに頬ずりしている。  重金属のように重くへばりつく愛情は、振るわれる対象を探し求め、遂には未知の領域に突入していた。 「降魔さんの話によれば、陰陽師は赤魔道士です。しかもエンチャンターです。周囲のフィールドを調律し、敵を下げ味方を上げるのが陰陽師です」  そもそも。勘解由小路真琴は更に言った。 「貴女の血筋は、そんじょそこらのものではありません。先程、貴女方を下したヘリは、宮内庁のものです。霊的に極めて強力な特性を持ったが故に、あえて宮を譲り受けられなかった魂結び姫。皇族、中でも次期の帝の娘である貴女にしか出来ません。お願いします。百宮(もものみや)紀子殿下」  紀子は、改めてあのおっさんの恐ろしさを実感した。  多分、狐魂愛児園にいた時、既に洞察されてたの?  ああ、あのおっさんに言っちゃってた。小1の夏休みの宿題の大作論文、「捏造の南京 払底した朝日」の存在を。  いやまあ、皇女だって知ったの、それから5年後の小6よ?早すぎない?  要するに、紀子の素性は隠されていたのだった。  確かに、紀子は嫡子のいない現親王の娘で、生まれた時に百鬼を纏うって卦が出て、普通に育てた場合は危険。しかるべき者の元で、霊異を学んだ方がいいと判断され、若い侍従の夫婦の家に引き取られていたのだった。  今までは、宮内庁とは距離を置いていた。それでも、準急祓魔官の中にも、多分皇居護衛官の息のかかった者がいたし、桜咲会の古参メンバーに、殿下と言われたこともあったのだが。  トキさまに育てられてから、祓魔課に入り、あのおっさんの嫁と会ったのもそうだ。全ては、有事に私を便利に使う為。  覚えとけよおおおおおおおおおおおおおおおおお!あのおっさんんんんんんんんんんんん!!  いけないけない。怒りは魄の念だから、地に返さないと。 一瞬で、清浄になった紀子は、 「解りました。四方(よも)を救うは我が宿命。多くの方々の愛を受けた私にお任せください」  瞬間、真琴は跳躍し、神威岩の近くに、御柱を、恐ろしい膂力で投げ突き刺していた。  紀子は、訓練された動きで岬から海に降り、その身を冷水で晒し清めた。  全身に、身を切るような冷たさが走った。  準備は整った。まだ、本当の手遅れではない。何故なら、魔上皇后は今、ここにいるのだから。  紀子は、力強く手を合わせ、魂結びの為の祝詞を唱え始めた。
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