風を具して

1/1
前へ
/31ページ
次へ

風を具して

 積丹半島に、2人の獣人の顕現があった。  雷獣を身に秘めた、金毛の獣。  風獣と魂が結び付いた、白毛の獣。  獣人。古に伝わるライカンスロープの姿があった。  二魂一対のライカン。恐ろしい咆哮が、周囲に轟いた。  癇癪を起こしたらしい雷獣人が吠えた。 「大丈夫ですか?紀子さん、随分恨まれてますよ?」  あー。紀子は応えた。 「そんな気がしたんで、一応幽体離脱してますけど。徹底的に木気(雷性)を衰退させてますからね。まあ、静也が負けたら、死にますね?確実に」  陰陽師って、周囲が死んでも自分だけは無事だって認識だったのだが。 「流石に、我が国の皇女を(なみ)出来ませんね。彼が死んだら、私が出ます」  ああね。一瞬でバラバラにされるって霊感が。 「まだ、兄弟の名乗りはしていないようですが。彼の頑張りに期待しましょう」  やっぱり怖いわこの人。負けるな静也。  紀子は、クラスメイトの勝利を願うしかなかった。  広域に、雷撃が地表を這ったが、静也までは届かなかった。  いよいよ、雷獣が怒り狂う気配を感じていた。  俺は、ムクと同化して安定しているのに、光忠は荒れ狂っているな。  光忠は、怒りに任せてこちらに牙を伸ばしていた。  激しい敵意に焼かれているかのようだった。  改めて理解した。震結とムクでは、御魂(みたま)のレベルで違いがあった。  安定しているムクと、異常に荒ぶる震結。  静也は、怒りに任せて躍りかかる光忠に対して、左耳のピアスに手をかけた。  改めて、考えたことがなかった。何故、俺がこのピアスに気を取られたのか。  倒れて復活したあと、ずっと、静也はピアスについて考えていた。  ピアスを、宙に投げ放っていた。  あの恩人、勘解由小路降魔が身につけていたそれが、ただの伊達とは到底思えなかった。  銀製のピアス。それは、ペンタグラムを示していた。  古来から、五芒星が表す魔除け。それは、目を表していた。  駆けた光忠は、しかし、投げ放ったピアスに、反応していた。  妖魅の攻撃衝動を躱す目。魔除けが、光忠を完全に誑かしていた。  静也は、真っ直ぐ光忠に向かって、貫手を伸ばしていた。  何故、こうなったのか、光忠は理解出来まい。  完全に、目線をよそに向けた光忠の腹に、静也の爪が貫いていた。  兄弟の死闘は、当然のように決していた。 「――斬獲、完了」  意識を失った光忠が、地に伏していた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加