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人妻来訪
私立狐魂堂学園は、稲荷山グループが開いた学校で、全国でも珍しい、祓魔科がある学園でもあった。
校舎の屋上で、いつものように、彼は、MP3プレイヤーで、ジャズを聴いて寝っ転がっていた。
「静也。またサボり?」
ああ紀子。静也、風間静也はこう言った。
「ああ。普段はこうしてダラけているんだ。あの人みたいに」
静也の脳裏には、国民のヒーローになっていた、男のことがあった。
「昼寝するのにジャズ?ジャズ聴きながら寝るって、スタイルまで、恩人のあのおっさんに合わせなくてもいいんじゃないの?何聴いてんの?またチック・コリア?」
「いや、ジャズは素晴らしい音楽だ。特に最近はフュージョンがいい。でも、エレクトリックバンドは難しい。今、ミルト・ジャクソンを探求中だ。サン・フラワーが特にいい。CTIの編成が多いのがね。あの人はレッチャーがいいって言っていた。ということは、水木がいいとも」
「レッチャーって、馬鹿じゃないの?」
確か、ピープル・メイク・ザ・ワールド・ゴー・ラウンド、邦題回せ回せ地球を回せ。即ちレッチャーだ。とか言ってなかった?あのアホなおっさんは。
「歴史は繋いだ方がいいに決まってるって言っていた。ピリオドは決して打つなと。まあその通りだと思う。あの人は、コリアのインサイド・アウトでも寝ちゃえると言うから凄い。僕の場合は、ムクがエキサイトしちゃって寝られなかった。マッド・ハッターくらいにした方がいいかも知れない」
「まあいいけど。あんまりだらけない方がいいわよ?」
「男は、お父さんはいざという時に動くもんだ。ということは、日がな一日ゴロゴロしている意味を考えろ。だそうだよ?いざという時動かないお父さんは、存在をほぼ全否定されているね」
まあ。祓魔課はいざって組織よね?一応やってるっぽいし。うちの切り札は。
B級祓魔官、田所紀子はぼんやり思った。
だが、いいのか?祓魔課の若きエース、A級祓魔官のこの子がだらけていても、怒れるような人材なんか。
あ――いた。
恐ろしい霊気が、屋上を包み支配していた。静也は、ばね仕掛けのように飛び上がった。
「2年F組の、田所紀子さんと、風間静也君。ですね?」
何というか、漏らしそうな迫力があった。
「愛する旦那様が、自ら骨を折って開設した祓魔課の、若きエース2人が、揃って授業をサボり、ですか?」
う、うわあ。紀子は軽く吐きそうになっていた。それほどのプレッシャーだった。
「あ、あの、諫早祓魔官、いや非常勤講師の先生。随分長い休みでしたね。12月入ってすぐからから、仕事サボり続ける大人って」
「私はいいのです。貴女達は駄目です」
あああ。社会主義者連中の本質を、真っ直ぐな目で言われた。
「でも、半年近くも、一体何を――って、そのお腹の陽気は」
紀子は、一応B級ではあるが、陰陽師だった。
紀子は、冷徹極まりないモノクル巨乳ママのお腹に、新たな命を感知していた。
その声を受け、途端に諫早ママが、頬を染めてナヨナヨし始めた。
「牡丹さんが前に使っていたモルディヴのヴィラで、愛する旦那しゃまと、日がな一日絡み合っていました♡ブラジリアンのマイクロビキニを着た私に、旦那しゃまが砂浜は歩きにくいと仰ったので、腰に手を当て介助をしたところ、ついうっかり旦那しゃまの指が、私のビキニに伸びてきて、それだけで、私は一匹のはしたないエロ蛇ちゃんになってしまいました♡」
何か、劇場がいきなり始まっていた。
「ヴィラのベッドはエアコン完備で快適でしたが、私はもう滝のような汗をかいていて、旦那しゃまはそれはもう、うあーいといった有様で、私の全身をペロペロしてくれたんでしゅよ♡それで、ああ逃げずに聞いていただけますか?遂に私は、双子ちゃん、妹ちゃんに次ぐ4人目の子供を妊娠する幸福を味わったのでしゅ♡私のお腹に、新たな赤ちゃんが育っていくのを感じて、私は嬉しくて旦那しゃまにいつお伝えしようと考えていました♡その日、旦那しゃまは、私にイチゴを食べさせてくれて、甘いイチゴの味と、旦那しゃまの舌の味がいよいよ素晴らしく甘かったのでしゅ♡それで、私が妊娠したことを打ち明けると、死ぬほど嬉しそうなお顔で、私をベッドにひっくり返してしまったのでしゅ♡私は、余りのの快楽で、第7銀河の彼方に行ってしまいました♡要するに、今妊娠4ヶ月です」
う、うあああああ。駄目だ脳みそがおかしな塩梅に。
「っていうか!貴女達は祓魔課の切り札ですよね?!何を平然と外国でリゾート満喫してるんですか?!」
「俺は行きたい時、行きたいところに行く。そう旦那しゃまが仰っていましたが、何か?」
うわああああああ!駄目だこの国辱夫婦!
祓魔課は、何より新しい機関で、それでいて祓魔官は、単体で超強力な人間兵器にもなり得る存在だった。
武器の禁輸措置ではないが、彼等のようなハイレベルの祓魔官は、国の特別な許可がない限り、日本の海を越えることは決して出来ないのだった。
何しろこの色ボケ蛇ママがモノクルを外せば、10万馬力の鉄腕ロボットの腕を紙のように捩じ切ったり、あるいは海の岩場でそいつの体に2本角をぶっ刺すことも可能だった。
今気付いた。この蛇メス、何か旦那との情事を思い出して、小さい声でボーラボーラ♡ボーラボーラ♡ってデートソングを歌ってた。
何このサブリナっぽい病みライナス。
ボラーに引っ張られて、目の前の妊婦がサハドみたいに。
あ?何か、霊感が囁いた。
ゲジヒトの話はするな。
するかああああああああああああああ!可哀相なロボットの話は!
「という訳で、私は現在産休中なのですが、今日は見物に来ました」
ボラーなんだかプルートウなんだかみたいな妊婦が言いやがった。
「つわりは?体ダルいとか」
「いえ?特にありませんが」
じゃあ働け。このサボり妊婦め。
「今までの、彼女の会話を聞いていて思ったのは、ひっくり返す、あるいは裏返すはインサイドアウト。第7銀河の彼方にはリターントゥ・フォーエバーで、どっちもチックコリアだね」
諫早さんが、静也に視線を向けた。
「ジャズにお詳しいんですね。あら?君は――ああ、あの時の子供、ですね?まだお腹に双子ちゃんが来る前のお話で。ああそれはいいとして、いずれにせよ、生徒の本分は学業です。サボった生徒を見たら、指導するのが当然だと思います。顔かお腹、どちらをお選びですか?」
ああ駄目だ。下手すると死ぬ。紀子は、生で彼女の暴力を垣間見たことがあった。
体長40メートルの巨大な埴輪をぶっ壊した時に。
瓦礫の撤去をやらされたのだ。大体暴れてるのに、この人一体何を。
理由が解った。彼女の携帯から、けったいなおっさんの声がしていた。
「愛してるぞ真琴。愛してるぞ真琴。愛してるぞ真琴。愛してるぞ真琴」
「諫早祓魔官、携帯が鳴っています」
「お静かに。10秒後に旦那しゃまのレアボイスが」
耳に携帯を押し当てていた。ああれか。それ聴いてたんで、張り込み先の博物館のトイレから出てこなかったのね。
「何か、背中痒いって言ってますけど」
「ああ!かいて差し上げます!血が滲むまで!それで、背中をペロペロして差し上げます!もちもち♡」
初めて見た。絶世のクールビューティーが、赤ちゃん言葉で話すのを。
「え?まあしゅてき♡行ましゅ♡優しくペロペロしてくだちゃい♡邪魔する者にはモノクルを外しまちゅので♡」
赤ちゃん言葉で締めくくった。
「では、旦那しゃまにお呼ばれしたので行ってくるのでしゅ♡」
コンパクトで、化粧崩れがないか確認していた。
軽く、お漏らししてるわねこの人。嬉ション?
紀子は、止める気は毛頭なかった。
恐怖の蛇妊婦は、屋上から飛んで去っていった。
「まあ僕も、砂になりたくはないな」
紀子は、放課後課長に言いつけに行こうと思っていた。
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