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第31話
俺たちの話し声に、ベッドの上の美少女が寝返りを打ち、そして目を開けてのそのそと起き上がったかと思うと、取っ組み合いをしている俺と河童を眠たそうな目で見つめた。
正確には、河童の姿は見えていないわけであり、俺が窓の前で変な格好をしているように見えているわけであり、注釈を入れたいのだが、うまい言い訳が思い浮かばなかった。
「おはよ。朝から河童ちゃん来ているの?」
「はよ。そうだ、憎たらしいが、こんなものを水瀬が与えるから、俺の家を近所の公園よろしい勢いで尋ねてきやがるんだが、どうしてくれよう」
俺はシャワーキャップを忌々しく引っ張ったのだが、河童はぴょんと跳ねて避けた。おまけに口から水鉄砲をぶぶうと噴射させたものだから、俺はあっという間にずぶぬれになった。朝からとんだ災難である。
一瞬にして青年が水浸しになるという怪現象を目の当たりにした水瀬は、その怪現象の根源が河童であると知っている者だから、そのままベッドに突っ伏しておかしそうに転げ笑った。笑うどころではない、こっちは濡れ鼠もいいところだ。
「シャワー浴びてくる。覗くなよ!」
「誰が飛鳥なんか覗くものですか。ああでも、お金払ってくれたら覗いてあげてもいいわよ」
『けけけけ。ええやないの、美少女に覗かれるなんて、そうそうできひん経験やで? もしかしたら一生無いことや』
「二人ともいい加減にしろ、まったく!」
そうして俺がシャワーを浴びて部屋に戻ってくると、水瀬はとっくに支度を終えており、窓の外に向かって一方通行に話しかけている。
河童はそれに頷きながら右の耳から左の耳らしく、何やら菓子パンをもしゃもしゃと食べながら、朝からたそがれていた。
『おう、飛鳥。ほな、また後でな』
「いいや、もう二度と会わないぞ腐れ河童め。何がまた後でだ」
そう言うと、河童はつぶらな瞳をさらにきょとんとさせた。おまけに首までかしげていやがるので、俺はたいそうその能天気な姿に腹が立った。
『え、燈花会行かへんの?』
「はあ?」
『燈花会や、燈花会。お盆やで、今。夜二人でデートしたらええやん。ロマンティックやで』
「燈花会か、もうそんな時期か。行くのは良いけど、水瀬とデートではないし、水瀬とは行かないからな!」
俺が憤怒の表情で河童に伝えると、けけけけと笑いながら河童は過ぎ去って行った。なんだもう、俺だけ濡れ損ではないかとため息を吐いた所で、水瀬が「とうかえって何?」と言い出したものだから、河童め、なんて余計なことをと俺は思わずにはいられない。
そんなのを知ったら、水瀬が行きたいというのは決まっている。しかし、念のために行かないと言ってくれることを願いつつも、携帯電話でインターネットという素晴らしいツールを使って、自ら調べてみろと伝えた五秒後に行くことが決定した。
一度帰宅して、準備などをしてからまた来ると言うので、俺は日中静かに過ごせることを感謝しつつ、久々に自堕落の極みの昼間を過ごし、夕方には行基さん像の前に駆り出されたのであった。
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