16人が本棚に入れています
本棚に追加
クラブ・ムーンシャドウ
「今日から体験入店される、ユユキンさんです」
「ユユキンです。よろしくお願いいたします」
オーナーから紹介されたヨシタカは、居並ぶホステスと黒服たちに深々とお辞儀した。
パラパラと拍手が上がる。
ヨシタカは、ミイチャムが働いていた『クラブ・ムーンシャドウ』に、ホステスの体験入店として潜入することに成功していた。
カクテルドレスに身を包み、金髪のカツラを被って女らしく装った。普段のヨシタカらしさはどこにもない。本人は、変装のつもりだ。
「ところで、本当に源氏名はユユキンでいいの?」
「はい」
オーナーからは、代えたほうがいいと何度も忠告されていたが、これでいいのだと押し通した。ここで最後の念押しをしたかったようだ。
彼からすると、ホステスらしさがないらしい。
ヨシタカの目的は、ミイチャム殺しの犯人と証拠探しなので、ここに長居するつもりは毛頭ない。むしろ、顔を覚えられても困る。それで、あえてそぐわない名前を選んだ。客は、名前に気を取られて顔まで覚えないだろう。
それに、なんでもそうだが、最初は変だと思っていても使っていく内に馴染むものだ。
(これでミイチャムの死因が分かるかも)
九十九のライブに足を運び、彼に恨みを抱きそうなファンについて知った。
その上で、ミイチャムの死亡現場で霊視をすれば、当時の状況がより深く理解出来るだろう。上手くすれば、現場に残った思念から犯人が判明するのではないかとも期待していた。
「ユユキンさんの教育担当ですが、サトミさんにお任せします」
「かしこまりました」
一番若手のホステスが、ヨシタカの教育係として任命された。
ミーティング後、さっそく顔合せとなった。
「よろしくお願いいたします」
「ホステス経験はあるの?」
「ありません。前はバーテンダーでした」
ホステスの体験入店は3時間だけなので、その分遅れるとバーのマスターには伝え済みだ。
「へえー、なんでバーテンダーからホステスに変えたの?」
理由は、ホステスだけ体験入店があったからだ。
バーテンダーの体験入店があったら、そっちを選んでいた。
「ちょっと違う世界も覗いてみたくて」
「分かる! 自分の可能性を広げたいよね。私も夢は海外留学なの。海外で映像技術を学びたくて、資金づくりのためにホステスをしているんだ」
サトミは、とても普通の人だった。話好きで、一緒にいて楽しくなる。それに、目的も前向きでとても良い。
「店内の設備を案内するね」
裏に行くと、ドアが二つ並んでいた。一つは事務室のドア。もう一つは、謎だ。
「この部屋は?」
サトミの表情が途端に暗くなったのでピンときた。ここがミイチャムの死亡現場だ。
「今は閉鎖していて、使われていないのよ」
「どうしてですか?」
「あなたは知らなくていいことだから」
「開けてもいいですか?」
「鍵が掛かっているから、どうせ開けられないわよ」
ヨシタカは、確認したくてドアノブを回そうとしたが、サトミの言うように鍵が掛かっていた。
「ほらね」
「ホステスさんが亡くなった現場って、ここですね?」
「ええ、そうよ。そのことを知っているの?」
「はい。サトミさんは彼女と一緒に働いていたんですよね? 驚いたんじゃないですか?」
「ええ。私、特に仲が良かったんだ。今でも亡くなったなんて信じられなくて」
サトミは、しんみりしている。
「内緒で中を見せて貰えることって、出来ませんか?」
「見てどうするの?」
「実は、ミイチャムのご家族から、娘が亡くなった状況を調べて欲しいと依頼されているんです。あ、これは、絶対誰にも言わないでくださいね」
「もしかして、あなたって探偵? 今日の体験入店も、実は潜入捜査?」
「そうなんです」
「凄い!」
サトミは、とっさの出まかせを単純に信じた。そして、とてもワクワクしている。
「自殺と言われていますが、何か悩んでいたんでしょうか?」
「直前までとても元気だったわよ。それが自殺だなんて信じられない。ねえ、そのことをしっかり調べてくれる? 私もずっと気に掛かっていたんだ。私も出来るだけのことをするわ」
ここで協力者を得られることは、とても心強い。
「では、誰かに殺されたと思っているんですか?」
「そうなのかなあって思うんだけど、一体誰がそんなことをするのか、見当もつかない」
「その日か前日に、知らない人が出入りしていませんでしたか?」
「そう言えば、その日も体験入店が一名いたわ」
「名前は?」
「キュリアって言う子。その騒ぎのあと来なくなって、誰も行方を知らないの」
そのキュリアってホステスが犯人に一番近い。
「連絡は、当然取れないですよね?」
「ええ。ここでは、深く詮索しないことが不文律。誰もお互いの本名や住所、連絡先を知らない。それでやっていける世界よ」
そうなると、犯人を知るためにも、中に入っての霊視が必要だ。
「この部屋は、いつまで使用禁止なんでしょうか?」
「彼女の命日から、四十九日が過ぎるまで使用禁止って言っていたわね」
「そんなに⁉」
そんなに待っていられない。ヨシタカには、本日3時間しかない。
「最初は誰も気にしていなかったんだけど、誰もいないのにすすり泣く声が聴こえたり、人のいる気配が部屋でしたりで、みんなが気味悪がってオーナーに訴えたせいでそうなってしまったの」
(ミイチャムがいるのだろうか?)
「鍵を借りてきて、開けて貰えないでしょうか?」
「やってみるね」
サトミは、俄然やる気を見せた。
事務所に行くと、「例の部屋に忘れ物をしたみたいなので、探してもいいですか?」とオーナーにウソで頼み、まんまと鍵をゲットした。
最初のコメントを投稿しよう!