<1・籠城。>

1/4
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ

<1・籠城。>

 はあ、はあ、はあ、はあ。  自分の息の音だけが、やけに大きく木霊する。狭い個室の中、少女は震えながら座り続けるしかなかった。  一体、何がいけなかったのだろう。  どうしてこんなことになってしまったのだろう。  何度考えても答えは出ない。演劇部の合宿場、いつもの宿が取れなかったのは不運だっただろうが――それでも、他の場所で泊っていればこんなことにはならなかったはずなのに。 ――そうよ。あの人がいけないんじゃない。  厳しい顔をした部長の顔を思い浮かべる。この宿を選んだのは彼女だった。夏に、演劇部の安い予算でも泊れて、かつ大声で練習していても煩いと言われないような宿。  条件が厳しかったのはわかっている。しかし、だからといってこんな、こんな時期にここを選ぶ必要なんてなかったではないか。だってそうだろう、いくらなんでも予約の折に忠告されなかったはずがない。彼女はわかっていて選んだのだ。どうせ迷信だからと。何も悪いことなんて起きないからと。そう。  鬼なんて、出るはずがないと。 ――あの人が、あの人がこんなところを選ぶから!だから、わたしはこんな目に……!  わかっている。今、彼女を責めてもどうしようもない。とにもかくにも、今はこの場を生き残ることが先決なのだ。そう。  近づいてくる鬼を、どうにかしてやり過ごさなければいけない。  何故なら、ここはトイレの個室の中。しかも三階。見つかったら最後、逃げ場なんてないのだから。 ――落ち着け……落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けっ!  少女はひらすら自分に言い聞かせる。宿の人に聞いた、鬼の話を思い出そうとした。その鬼は、人を怖がらせることを楽しむ鬼なのだと。何故ならば。 ――涙鬼、だから。……人が流す涙を、その悲しみのエネルギーを主食とする鬼だから。……だから、絶対に泣いてはいけない。泣いたら最後……鬼の餌食となって、延々と搾り取られることになる。あらゆる苦痛を受けながら。  悲鳴を上げないようにしなければ。声を出せば、鬼はこっちにきてしまう。廊下で出くわして、このトイレに逃げ込んだことが見られたかどうか怪しいのだ。もし見られていなかったのだとすれば、トイレまで追いかけてくることはないはず。しかし声を上げてしまえば存在がバレてしまう。あの鬼が、この逃げ場のないトイレの洗面所に入ってきてしまう。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!