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「博士! 起きてくださいッ」
弟子が大声を出して、私の毛布を引き剥がした。
「さぶッ」
暖房が壊れていて研究室内は氷点下に近い。
弟子の手から毛布を取り返そうとしてソファーから落ちた。
「いたたッ」
「博士、寝ている場合じゃありません!」
弟子はパソコンを立ち上げるとモニターを指差した。
「大きな彗星が衝突軌道に入りました。来月、地球に……!」
「!?」
私はモニターに映る彗星の軌道予測を見て愕然とした。
「地球にぶち当たるじゃないか!」
巨大な彗星が地球に向かって一直線に飛んできているのだ。
そのニュースは世界中を大パニックに陥れた。
各メディアも突如現れた彗星の特集を組んで取材に総力をあげる。
「日本に落ちれば被害は甚大でしょう」
ライバル研究所の所長が連日テレビに出てクソ解説を繰り返した。
「そりゃそうだろうよ。どこの国だってな!」
私はテレビを消し、彗星の分析に没頭した。
別に報道番組の出演依頼が来なくてスネている訳じゃない。
研究が本職だからだ。
「ふるえている……」
データを解析し、私は一つの結論に達した。
「彗星は地球にぶつかることに恐怖を感じて、ふるえているんだ!」
早速、8チャンネルにこのネタを売り込んだ。
(おそらくNHKは相手にしてくれないだろうという直感があった)
「博士! テレビ局からお電話ですッ」
弟子が電話を取り次ぐ。
「もしもし?」
私は自説の根拠を問われ、「勘」と答えたら電話を切られた。
「クソッ」
しかし、本当に彗星はふるえていた。
イギリスの高名な天文学者が学会で論文を発表したのだ。
一気に脚光を浴びる私。
「さあ、みんなで空へ向かって叫ぼう!」
私は彗星に励ましの言葉を送ることを提案した。
「勇気を出して! 一歩踏み出せば衝突は回避できるぞッ」
「その一歩が何万、何億の地球上の命を救うんだ!」
「がーんばれ! がーんばれッ」
私の説に賛同してくれた大勢の人たちが彗星に声援を送り続けた。
だが、彗星は全く勇気を見せず、ただふるえながら地球へと向かってくる。
「優しい言葉は効かない性格でしょうか?」
弟子は異なるアプローチを試みた。
「テメェ、絶対にぶつかるんじゃねーぞッ!」
「あっち行け! 向こうへ行っちまえッ」
「来・る・な! 来ッ・るッ・なッ!」
弟子が開いた集会では、口汚いシュプレヒコールが繰り返される。
すると、彗星がさらにスピードを増して地球に向かってきた!
「博士、失敗です」
「どアホッ」
星の心の分からないヤツだ。
「おい、彗星! 聞こえるか?」
私は彗星に向かって声を張り上げた。
「不安なんだろ? 寂しいよな?」
彗星は今、暗闇の宇宙の中を地球の引力に導かれるまま飛び続けている。
「だが、宇宙にはまだまだ知らない素晴らしい世界があるはずだ!」
私はそんな謎だらけの天文学に魅了された一人だ。
「どうか地球にぶつかって君の旅を終わらせないでくれッ」
もし私が彗星なら、一生涯かけて宇宙の隅々まで見てやりたい。
「そして、君が見てきたことを次に出会った地球の人たちに教えてほしい!」
この彗星が再び地球に近づく時には、私はもういないだろう。
「未来のために、勇気を出して一歩を踏み出してくれ!」
すると、私のスマホにメールが入った。
「何ッ! 彗星のふるえが止まっただと……?」
私のSNSに世界中の天文学者たちから次々とDMが届いた。
「ホントか!? 彗星が衝突軌道から外れた!」
私の声が彗星に届いたのか?
奇跡を賞賛するメールが世界各地の天文台から次々と私の元へ届いた。
彗星が飛んでいる空へ向かって私は大声で叫んだ。
「ありがとう! 君のおかげで私はたくさんの仲間たちとマブダチになれたよ」
孤独にふるえていた彗星よ。
君もこの先、宇宙のどこかでマブダチと出会えるといいな。
(了)
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