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p154から、少し直しました。
https://estar.jp/novels/26187162/viewer?page=154
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癌のことも、連絡しないままだ。知らせても、経済力や社会的常識のない両親には、私を助けるすべがない。姉のことは嫌いではないが、家庭環境のせいだろうか、肉親なのに感情的な交流がほとんどなく、頼れるという感じではない。
「そうか」
「すみません」
「何で謝るの?」
「――だって、嫌じゃないですか? 実家と絶縁状態の女なんて」
「そんなことないよ。律のせいじゃないんだし」
聡一郎さんはグラスにワインを注ぎ足すと、真っすぐに私の目を見て言った。
「俺が言うのも変かも知れないけど、頑張って生きてきた律のことを誇らしく思う」
心のこもった言葉だった。
こんなふうに言われたのは初めてで、胸がいっぱいになる。どう反応したらいいかわからず戸惑ううちに、涙が頬を伝った。
「ごめん、余計なこときいて」
聡一郎さんが焦って手を伸ばしたが、私は自分で涙をぬぐった。
「いえ。あの、驚いて――ありがとうございます」
辛かったことが思いがけず報われる瞬間が、人生にはあるんだな。
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