48人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
目覚めると、涙を拭うところから始まる。
風で揺れるレースのカーテンの向こうは、見惚れるくらい澄みきっている青空。
ふっと笑って、貼ってあるポスターに視線を移す。
「エイト」
彼の名前を呼び、ワイヤレスイヤホンを耳につけた。
あなたに会いたい。
泣きたくなる時は、いつだって彼の歌を身体中に流し込む。
「おはよう」
ダイニングテーブルには、キツネ色に焼けたトーストと、ブルーベリージャム。
私の好きなトマトとチーズのオムレツも、リクエストしたかぼちゃのスープも置かれている。
「やった。いただきます」
席につき手を合わせると、洗い物をしている母は嬉しそうに笑っていた。
「美味しい」
ちゃんと味がすることに、涙が出る時もある。
きっとその涙にも、エイトが溶けている。
「お母さん、今日は香苗と貴之とカラオケ行くから」
100カラットの曲縛りでって、二人と約束してあるんだ。
「あんまり遅くならないでよ。この前だって、」
「わかってる。ご馳走さま。行ってきます」
母の小言から逃げるようにリビングを出た。
玄関にある姿見に映ったエイト。
私の涙に、笑い皺に、今日も彼は生きている。
あなたに会いたい。
虹を飛び越えて、青空に羽ばたいて、あなたに会いに行きたいけれど。
もう少しだけ私は、あなたの愛したこの世界で生きていく。
「行ってきます」
鏡の中のエイトに、涙混じりに微笑んだ。
【おしまい】
最初のコメントを投稿しよう!