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「おはよう」
ダイニングテーブルには、トーストとジャム、ゆで卵のサラダ、それにキャベツとウインナーのスープが置かれていた。
それらを一瞥して、席には着かずにキッチンで水をコップ一杯飲む。
「朝ご飯は?」
洗い物をしている母の問いかけに、「いらない」とだけ答えた。
母はシンクの水を止めて、私を見据える。
「食べなさい」
厳しい声とは裏腹に、顔は泣きそうだった。
罪悪感を感じるも、とても食べられそうにない。
「……お腹減ってない」
食欲がないのは本当だった。どうせ食べたって、なんの味もしないんだし。
「私、ダイエットしてるから」
もうすぐエイトに会える日が訪れる。
だから私は今、自分磨きに忙しい。
推しには自分史上最高の状態で会いたいと願うのが、当たり前の感覚でしょ?
「いい加減にしなさい!」
母は目を見開いて怒っていた。
困らせていると頭ではわかっているのに、どこか他人事のような気がして、母の言葉がくぐもって聞こえる。
まるでもう一人の自分が、天井から自分自身を俯瞰して見ているみたいに、集中できない。
「行ってきます」
「待ちなさい! 仁美!」
母の声から逃げるように家を出た。
十階建てのマンションの五階から、階段で下に降りる。
もちろんダイエットの為。それに、エレベーターの中にある鏡を見たくないから。
踊り場から顔を出して地上を見下ろすと、なかなかに高く感じた。
空は澄み渡っているのに、綺麗だとは思えない。
私の目には、ちっとも青く見えないから。
天と地上を交互に見つめ、その落差に目眩がした。
まるでエイトと私の距離みたい。
イライラして、階段を勢いよく駆け下りた。
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