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マミークリスマス!
登校直後の教室は冷えている。机や椅子も冷たい。我慢して座って、机にカバンを置き、枕にする。窓の外をぼーっと眺めていると、木枯らしが枯れ葉を集めて窓にぶつけている。
マミちゃんと出会ったのは、まだまだ夏の暑さが残る、秋の始まり。あれからまだ、三、四ヶ月しか経っていないけど、色々なことが起きて(ぼくはタヌキにもなった!)、色々な感情が生まれた。そしてまもなく。クリスマスが来て、正月が来て、勝負の時が来る。本当に勝負になるのだろうか? でも、ぼくにできることはそれしかないし・・・ぼくだからできることだ。教頭先生を信じ、目一杯やれることをやろう。
バシン。誰かがぼくの背中をひっぱたく。
「おっはよう! 朝はシャキッとしようぜ。」
レイが威勢よく声をかけてくる。
昨日のあれはいったい何だったの?・・・いや、さすがにこういうことに鈍感な僕でも、わかったこと、感じたことがある。レイはレイで、目一杯がんばってるんだ。
「昨日はほんとにありがとう。いい買い物ができたよ。」
「どういたしまして。あとはプレゼント渡すだけだね。てか、渡すタイミングと状況が大事なんだから、よーく考えなよ。」
「わかった。」
「あ、マミちゃん、おっはよう! 今日は元気そうだね。」
「うん、ありがとう。レイちゃん。」
昨日のことは、おくびにも出さず、いつものようにマミちゃんと接する。
こんなレイのためにも、僕は僕でしっかりしなくちゃ。
「マ、マミちゃん、おはよう。」
隣の席についたマミちゃんに、ちょっと噛み気味にあいさつする。
「おはよう、マモル君。」
「こないだは、無理にお願いして、撮影に協力してくれて、ありがとう。」
「ううん、だって、マモル君は私の、私たちのためにがんばってくれているんだもの。」
「・・・でも、あの光景を見て、マミちゃんって絶対いい先生になれるな、って思ったよ。」
「えへへ、ありがとう。でも、マモル君だって、あの子たちに随分慕われていたじゃない?」
「そうかな。・・・ところで話変わるけど、マミちゃんはクリスマスの頃ってどうしてるの?」
「ああ、満月亭のかき入れ時だから、ずっとお手伝いかな。」
そうだ、忘れていた。クリスマスといえば、満月亭の「地鶏丸ごとローストチキン」。
毎年予約注文を受け付けていて、イブ前日、イブ当日、クリスマス当日に店先にカウンターを出して、臨時に雇ったバイトの人から受け取ることができる。わが家でも毎年注文している、クリスマスに無くてはならないごちそうアイテムだ。
「そうか、そうだったよね。忘れないうちに、僕も予約しておかなくっちゃ。」
うーん、これは困ったぞ。レイに「プレゼントを渡すタイミングと状況が大事」なんて言われたけど、どうやってそのチャンスを作ればいいのか? いっそ、終業式の日に渡そうか・・・
「もしもし、満月亭さんですか? あ、町村です。」
「まいど! テイクアウト? ローストチキン? それとも真美瑠?」
「・・・いいかげんもうそのネタやめてください。ローストチキンの注文と、それから、叔母さんにご相談がありまして・・・」
「ご注文、毎度あり! それから、相談とやらを聞こうじゃないか?」
「は、はい・・・クリスマスの頃ってマミちゃんもお店のお手伝いで忙しいんですよね?」
「そうだねえ、一年で一番のかき入れ時だからねえ。」
「ぼくも、ローストチキンの販売、手伝わせてもらえないでしょうか?」
「そりゃ、お店の方も、チキンの受け渡しも、てんやわんやだから、ありがたいんだけどね。何せ中学生にアルバイトさせるわけにはいかないんだよね。」
「いや、バイトじゃなくて、ただのお手伝いでいいんです。」
「いやー、ただ働きってわけにもいかないしさ・・・そうだ。ローストチキンは一匹サービス! で、賄いご飯つきで、どうだ!」
「ありがとうございます。十分です。」
「こちらこそ助かるよ。二十三日と二十四日の昼夜来てもらえる? 仕事は、受け取りに来た人の予約確認。真美瑠、メガネ無いとちっちゃい字読めないからね。あと、チキンの店頭への運び出し。それから、真美瑠のボディガードね!」
「わ、わかりました。」
「ま、がんばんなよ。」
叔母さんの最後の一言が意味深だったけど、こうして僕はクリスマスの間、マミちゃんと一緒にいられることになった。きっとプレゼントを渡すチャンスはあるだろう。いや、つくるぞ。
冬休み前、クリスマス前にもやることはある。僕は教頭先生にお願いして、地元にある農業の専門大学の研究室を紹介してもらい、そこの先生や研究員の話を聞いたり、相談をもちかけたりした。
「はい、これ着て。」
十二月二十三日。昼前に満月亭に行き、昼ご飯にヤキトリ丼をマミちゃんと一緒にご馳走になった。これからお店のお手伝いが始まる。叔母さんに渡されたのは、背中に満月亭という文字と満月のイラストの刺繍が入った作務衣と三角巾。このお店の制服だ。二階の居間を借りて着替える。マミちゃんとお揃いかと思うと、少し恥ずかしい。
・・・と、思っていたら、自分の部屋で着替えて出てきたマミちゃんの格好は・・・ミニスカートのサンタ・コスチュームだ。正直な感想を言えば、無茶苦茶可愛い!
二階に上がってきた叔母さんがマミちゃんの姿を見てヒューっと口笛を吹いた。
「もう、叔母さん、私恥ずかしすぎる!」
頬を赤らめながら、マミちゃんが文句を言う。
「なーに言ってんのよ。せっかくこんなに若くて可愛い子がいるんだから、この武器を利用しない手はないでしょ? 今年予約しなかった人も、真美瑠の姿見て、来年こそは予約しようって思うよ。」
叔母さんが僕に目配せした。
そう。来年もマミちゃんがここにいて、お店を手伝えるようにしなくちゃんいけないんだ。
「メリークリスマス! ご注文ありがとうございます。」
「マミちゃんサンタ」の効果は絶大だ。ローストチキンを受け取りに来た人は、男女問わず顔がほころび、予約していない人は、並んでいる人々の周りを羨ましそうにとりまいている。チキンを受け取った人は、マミちゃんの握手付き・・・チキンを予約したお客さんに「可愛いサンタの握手券」を渡してたらしい。
叔母さん、やらせすぎでしょ!
そんなマミちゃん効果か、チキンの品出しと、予約券を忘れた人の確認作業で大忙しだった。数日前から、店に備えてあるオーブンに加えて、もう一台よそから借りてきて、焼き方のじいちゃんと叔母さんで朝から深夜まで焼きまくってたらしいけど、よく間に合ったものだ。
「お、マモル、サンタさんの助手か! 羨ましいぜ。」
同級生や近所の人も列に並び、無茶苦茶恥ずかしい。
マミちゃんが小休憩した時、僕が手渡し係も代わりにやろうとしたが、ダメだった。
「可愛いサンタさんの握手券もらってるんだから、戻ってくるまで待つよ。」
まったくおっさんがいい歳をして。ぼくは渋々、マミちゃんに少し早めに戻ってね、と伝えにいくしかなかった。
ひっきりなしにやってくるお客さんを相手にしているうちに、陽がかげってきた。体は動かすけど、何せ、屋外。木枯らしも時折吹く。マミちゃんはミニスカートだけど大丈夫だろうか? もともとアウトドア派だから寒さに強いのだろうか? でも、時折手をこすり合わせているので、そんなこともなさそうだ。早いところ、「君を暖めたい四点セット」を渡したい。
夜の七時を過ぎ、ようやく今日の分のローストチキンも、あとわずかになった。お店の引き戸が開いて叔母さんが出てくる。
「今日は七時までに受け取りにきてもらうことになってるから。遅れて来た人は店内で渡すからさ、もうおしまいでいいよ。あ、テーブルはたたんでおいてね。あと、二階でご飯食べて。」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます。」
僕は残りのチキンを店に運び入れ、テーブルや受付道具を片付けて二階に上がった。
居間兼食堂に入ると、なんともいい匂い。テーブルの真ん中に満月亭ご自慢のローストチキンがデンと置かれ、グラタンやキノコのソテーなど、寒い日にはうれしいメニューが勢揃いだ。イチゴが沢山飾ってあるケーキまで用意されている。
「こ、この料理、マミちゃんがつくったの?」
「ううん、叔母さんがほとんど。わたしは、ちょっと手伝っただけ。あと、温め直したぐらい。あ、叔母さんとお店のおじいちゃんの分、少し残しといてって。」
残すも何も、マミちゃんと二人だと半分も食べられれば、いいとこだろう。
マミちゃんがグラスにオレンジジュースを注いでくれる。
「あ、そうだ。待って。」
僕は持ってきたバッグから包みを取り出す。
「はい・・・コレ。」
「え、何? あ、ありがとう!」
マミちゃんの顔は、クエスチョンマークから、にこやかな表情に変化する。
「開けていい?」
「うん。できればすぐに使って欲しい。」
ラッピングを開けると、可愛い色とデザインの、手袋、ソックス、レッグウォーマー、腹巻きが出てくる。レイのセレクトだ。
マミちゃんはプレゼントを抱え、ぼーっとしている・・・喜んでると思うけど。たぶん。そして少し恥ずかしそうに笑った。
「えへへ、サンタさんなのに、プレゼント、もらっちゃった・・・ちょっと待ってて。」
というと、プレゼントを持って居間を出て行った。
「どうかしら。」
ものの数分で戻ってきたマミちゃんは、部屋の入り口でぐるりと回る。
手袋、レッグウォーマーをつけている。あの、「できればすぐに使って欲しい」とは言ったけど、今じゃなくてもいいんだけど・・・
「ソックス履いて、腹巻きもしてるけど、お客さんにばれちゃうかな?」
「・・・ううん、大丈夫。それから、似合ってるよ。」
「じゃあ、明日、これでお店手伝う。ありがとう。あ、握手会あるから、手袋は我慢かな。」
ああ、そういうことか。でも、今日のうちにプレゼントを渡せて、よかった。
「あと、これ・・・マモル君に。」
「なんだい?」
マミちゃんは片手に持っていた、やや大きめの包み紙をぼくに手渡す。開けてみると、マフラーだ。
「こ、コレ、マミちゃんが編んだの?」
「うん、簡単な編み方だけど、叔母さんに教わって。」
マミちゃんはマフラーを再び僕の手から受け取ると、それを両手で拡げ、僕の首の周りに巻いた。
そして、ほっぺに柔らかいものがあたった。
外が寒かったせいか、マミちゃんの唇は少し冷たかった。
「えへへ、マモル君。今まで、ほんとうにありがとう。」
ぼくは、はっとした。
「だめだ!」
マミちゃんの腕がびくっとする。
「『今まで』なんて言わないで。これからもマミちゃんと一緒にいるから。一緒にいられるようにするから。絶対に!」
「うん・・・ごめん。」
僕は、マミちゃんの小さくて、まだ冷たい体を抱きしめた。めいっぱい、暖めたい。
その後、僕らは口数少なく、ごちそうを食べた。 ぼくがぽそっと話すとマミちゃんが笑う。
忘れられない、忘れたくない時間が過ぎていった。
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