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 閉店後、店内の掃除をあらかた終えた南陽は、「これ、二枚ともお前がとっとけよ。」と言ってチケットを智浩に寄越した。 「彼氏と行ってきたらどう? 俺は一人身だし、水族館、ってガラでもないからなぁ」 「はぁ……、」  なるほど、南陽は確かにそんなガラではないし、智浩に付き合って二ヶ月ばかりの年下の彼氏がいるのも事実だ。 「なんだよ、浮かない顔して。彼氏とはうまくいってないの?」 「……まぁ、なんていうか。」  うまくいっていないわけではない。  彼氏――陽一(よういち)とは定期的に食事をして、ベッドも共にしている。身体の相性はなかなか良い。  だがそれだけだった。たったそれだけを二ヶ月延々と繰り返していた。  世間に言わせれば、それは恋人というよりセフレである。  南陽には単に恋人ができたということにしている。気のおけない仲とはいえ、智浩は雇い主である南陽に対して少なからず、己が同性愛者であるということを引け目に感じていた。  いくら彼がありのままの智浩を受けいれてくれていても、これ以上いらぬ心配をかけたくはなかった。 「まだ二ヶ月だし、二人で楽しくデート、って感じじゃないかも。」 「んじゃ逆にチャンスじゃん? 一歩進むかもよ」 「いや、なんていうか、うーん……、」  言葉を濁すので精一杯だった。  身体以外の付き合いをしないのには理由がある。  互いに以前の恋人を引きずったままなのだ。智浩は死後十二年忘れられなかった元恋人のことを、彼氏はゲイであることを隠しながら結婚に踏み切ろうとした彼女のことを。互いにそれらを吹っ切らんがために、繋がっている。  満身創痍である。  傷を舐め合う以外、できることがない。 ――水族館。  二枚のチケットをじっと見つめる。  わけありの三十路の男二人で。  しかも、あと二週間の間に。 「なんだ〜お前も意外と奥手なんだな! ま、久しぶりの恋愛だもんな。大丈夫、大丈夫。なんとかなるって!」 「……、」  この選択すら間違っているのではないか、そう思いながら、智浩はしぶしぶ二枚のチケットを財布に入れた。
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