13.夏鳥の泣声は儚くて

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 ――――・・・  泣き崩れそうに立っているのがやっとの私を、課長さんはそっと背中を(さす)って慰めてくれた。 「莉花! パパお話あるから一人で遊べる?」 「うん!」  二人の会話を耳にして必死に涙を(こら)えながら、私の方が子供みたいだと恥ずかしく呆れた。  自分が手に負えない私を課長さんが木陰のベンチに誘導してくれる。座って休んでてと言われた通りにしている間に、冷たい飲み物まで用意してもらった。 「……落ち着いた?」 「……はい。ありがとうございました」 「……気持ちが溢れちゃった、かな?」 「……そのようです」  私の目は渇ききって重たく、声も掠れかけていた。課長さんの優しいお父さんのような声が震えた心に潤いを与えてくれる。 「大事な物を胸の中に、いつも抱えているんだね……」 「   忘れたくないんです、ずっと……」  ベンチから眺めることができるナツユキカズラを見つめながら私は言った。  ひと風が通った後に隣に座る課長さんのスマホが鳴り、通知を確認した画面を私は盗み見てしまう。  課長さんはスマホを伏せると小さな溜め息を吐いて私に質問を投げかけた。 「(あかり)が……何か、言ってた?」 「いいえ」 「そっか。……ふぅ、来週に控えて急用はないだろうって、あいつおかしいよね?」 「ふはっ、取ってつけたようですね」 「もう迎えに行ったか、無事に着いたのか、って。連絡よこすくらいだから暇だと思う。芝居下手くそなんだからキューピット役なんて無理だっての。せいぜい悪役がお似合いだよ」  課長さんは明さんから連絡が頻繁にきている事を私にばらして呆れ返っている。  私も今日は明さんが仕組んだ事とわかっていたが……それぞれに事情はあれ、組み直しが必要である事も感じていた。 「一度だけ……私の前で明さんが泣いたことがあるんです」 「えっ?」 「その時もこんなふうに泣いている私を、課長さんみたいに明さんが慰めてくれて。……女としてつらかった過去を克服したって、もう35だからって、笑いながら大粒の涙を流したんです」 「……昔っから演技が下手だな、」 「過去というのは大学院の頃の話で、中退して…………好きな人もあきらめた、と言っていました」 「!?」  私が筋腫の手術をしてハル君と別れた時に明さんが話してくれたことだ。  あの時はアプロディタが七葉社ブランドになる決定がされた頃で、課長さんのラボと契約が始まったのも同時期……  子宮のない自分は相応しくないとあきらめた好きな(ひと)が、大学の同期で仕事関係者として再会するも、結婚して身重の妻がいたとしたら……? 「たぶん、昔好きだった人が幸せを手にしていた祝福と……10年余り経とうとも消えない未練と。両方、明さんの本物の気持ちで、笑顔も涙も演技ではなかった……と思います」  私がナツユキカズラを眺めながら話終えると、課長さんは首を落としてスマホを両手で握りしめていた。  ちょうど7年前、夏の終わりの出来事だ。  その後で莉花ちゃんが誕生するも奥さんが病に倒れ、明さんは未だその両方を抱え続けているのだと思った。  好きだった人とその子供の幸せを願う――――――自分は置き去りにして。  明さんと課長さんの待受画面は同じ、大切なものは同じ。  でも二人は、愛が生まれる事に戸惑い……すれ違っている。
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