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それは7月も終わりに近づいたある日、夕方に訪れた休憩室でのこと。
足を踏み入れたと同時に、スマホを頭に押しつけて溜め息を吐く明さんの姿が目に飛びこんできた。
あからさまに落ちこむ姿を初めて見たので、何事かと慌てて声をかける。緊急事態でも冷静に対応する明さんが表情を崩して項垂れるなんて。
「どうかしたんですか!?」
「えっ? あぁ冬咲さん、ちょっとね、ダメ出しされちゃって……」
「どこの取引先ですか?」
「あ、違うの。親友の子ども、小学1年生」
……へ?
と拍子抜けした私に明さんはスマホを見せた。待受画面には笑顔の可愛い女の子が。
「今ね、舞台ごっこにはまってて。私の演技が下手だから練習してきてって。もう42なんだからお姫様なんて柄じゃないのよ〜」
「……ふはっ。なんだか楽しそうですね」
「仕事より無理難題だわ。本当に困って……あ、そっか! 冬咲さんは肌も白いし雪乃さんだし、白雪姫よね!?」
「えぇっ!?」
――――とゆう調子で私もごっこ遊びに参加することになってしまった。
会社関係でお世話になっている化粧品の分析などを依頼するラボの課長さん宅。明さんと大学の同期だったそうで、奥さんと明さんは中学の同級生という縁深い関係のよう。
しかも、奥さんは2年前に病気でお亡くなりになったと……
残された娘さんの保護者役を明さんが時々担っているみたいだ。
都内の分譲マンションを明さんに連れられて訪れ、お邪魔した途端に挨拶もそこそこに演劇は開始された。
どうやら莉花ちゃんは監督の真似事をしたいらしい。
夏休みに入って遊びたい盛りの小学生の熱量に押され気味の大人3人……いや2人。明さんは『鏡よ鏡!』のセリフで意地悪お妃様の演技をベタ褒めされて離脱。
私は赤いリボンのカチューシャをつけてソファで眠る白雪姫の演技中。特に難しいことはないんだけど……王子様を演じる課長さんが莉花ちゃんにダメ出しされてリテイク何回目かしら?
「……なんて美しい姫君だ!……どうかお許しください」
課長さん、私の横に置いてある7人の小人の人形相手にお芝居を……ふはっ。
「では、最後に別れの口づけを……」
えっ? あ、近くに人肌を感じる。
えっと、まさか、そんな事は……
「(ぱちっ)!!」
「はっ!!」
我慢できず目を見開くと、紙の王冠を被った課長さんの顔が思いのほか近くにあってドキッとする。
課長さんの静止した表情も驚いた顔で、私達が束の間見つめ合っていると……
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