14.雪の音が舞い降りる(エピローグ)

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「――――良いお年をお迎えください!」 「ありがとう、海浦(みうら)くんもね!」  今年の仕事納めとして今日は朝から得意先へ挨拶に回っていた。気が()くのは……  初雪が、降るかもしれない。    そう天気予報が伝えていたから、先方が早仕舞いする前に、車で訪問して済ませておく予定だった。  最後の事務所ではお茶をいただいて少し長居してしまったからか、外に出た途端に冷たい空気が顔に刺さるようだ。  時刻は18時を過ぎたところ。寒いと言う変わりに、はあぁ~っと白い息を吐きながら車まで急いだ。  もう真っ暗な空にコントラストでよく白色が映える。 「……ん?」  車体に白い小さな粒がくっついて、溶けた?  あ、また。もしかして…………雪?  ――――!?  天を素早く見上げた。  目を凝らして、まばたきはせずに。息も止めて……  あぁ――――――   雪だ、初雪だ。  俺は天に顔を向けたまま、小さな小さな雪の粒を肌に染み込ませた。  俺に、雪の結晶が舞い降りる…… ・・――――  本物の初雪も、  夏樹さんと見れたらって思ってたの……                                 ――――・・  雪の音は、愛しい声を俺に届けてくれた。  瞳を閉じて、耳を澄まして。  あの時も……こんなふうに初雪が降り始めたんだ。それで、彼女にプレゼントをもらった。  心はまだ温もりも燦きも覚えていて。すぐそこに抱きしめたい感覚がある事も忘れてはいない。  ずっと、忘れないから。  天に旅立った小さな命も一緒に、俺は、死ぬまで――――――!? 「パパ! ゆきらぁ! ゆきぃ〜!」 「ははっ、転ぶなよ〜」  可愛らしい声が突然聞こえてきて通りに目を向けると、防寒着でモコモコした幼児が踊るように歩いていた。そのすぐ後ろで父親がガードするように見守っている。  雪に喜ぶ小さな子供の姿を俺はしばらく静観して……寒いのに見ていたくて。  なんだか、胸の中でこう、じわじわあったかい気持ち?  まるで幻想の中にいるみたいな、呆けた頭になっていたんだけど。不思議な事に胸の中は……俺の胸の中は、バラバラな破片がひとつひとつ結ばれていくような実感を……  結晶が集まって綺麗なカタチになったみたいに――――叶えたい事が生まれた。  雪、見たいかな?  ガチャ。……ブゥォォ__。  降り始めた雪をフロントガラスに受けながら俺は車を走らせた。  思い出の―――――初雪の舞い降りる場所へ。  見せてあげたかった。  そう、まるで踊るみたいに、天から降りてくる雪の結晶を。  星のように燦めくその白い初雪を。  かけがえのない幸せを覚えた場所で、この車の中から愛しく眺めた……  あの時と同じに、俺も見ていたい。  標識の横浜方面に従って進み、思ったより早く赤レンガ倉庫に到着できた。ガラガラの駐車場……記憶の通りに車を停める。  そして車内ライトを消してフロントガラスのスクリーンで 、、、  ――――――!!  画面の隅に歩く人影。  うろうろと空を見上げながら、その場から離れない、ひとりの女性……  俺は運転席で目を見開き、息を忘れ凝視した。  まさか、そう…………なのか?  夢じゃ、ない?  本当に――――――  ガチャ。  答えを探すより前に俺は車を飛び出して、施錠もしたかわからない。  けど、助手席で夏雪の光を灯してたスマホだけは手に握りしめて。大事にジャケットのポケットにしまった。  だって、もしそうなら!  会いたいだろ?   ……会わせてやりたいから。  失った子の命を、俺はスマホの待受画面に宿したつもりで、いつもそばにいたんだ。  それで、それで、俺だって!  彼女に会いたい!!  初雪が降るこのときに、一緒に天を見上げたその場所にいるのが――――  会いたくて堪らない、愛しいひとだと信じて!! 「はぁっ、はぁっ、はぁ――――」  俺は激しい心音に突き動かされるように、大きな白い息を飛ばしながらそこへ―――― ・・・
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