264人が本棚に入れています
本棚に追加
「――――良いお年をお迎えください!」
「ありがとう、海浦くんもね!」
今年の仕事納めとして今日は朝から得意先へ挨拶に回っていた。気が急くのは……
初雪が、降るかもしれない。
そう天気予報が伝えていたから、先方が早仕舞いする前に、車で訪問して済ませておく予定だった。
最後の事務所ではお茶をいただいて少し長居してしまったからか、外に出た途端に冷たい空気が顔に刺さるようだ。
時刻は18時を過ぎたところ。寒いと言う変わりに、はあぁ~っと白い息を吐きながら車まで急いだ。
もう真っ暗な空にコントラストでよく白色が映える。
「……ん?」
車体に白い小さな粒がくっついて、溶けた?
あ、また。もしかして…………雪?
――――!?
天を素早く見上げた。
目を凝らして、まばたきはせずに。息も止めて……
あぁ―――――― 雪だ、初雪だ。
俺は天に顔を向けたまま、小さな小さな雪の粒を肌に染み込ませた。
俺に、雪の結晶が舞い降りる……
・・――――
本物の初雪も、
夏樹さんと見れたらって思ってたの……
――――・・
雪の音は、愛しい声を俺に届けてくれた。
瞳を閉じて、耳を澄まして。
あの時も……こんなふうに初雪が降り始めたんだ。それで、彼女にプレゼントをもらった。
心はまだ温もりも燦きも覚えていて。すぐそこに抱きしめたい感覚がある事も忘れてはいない。
ずっと、忘れないから。
天に旅立った小さな命も一緒に、俺は、死ぬまで――――――!?
「パパ! ゆきらぁ! ゆきぃ〜!」
「ははっ、転ぶなよ〜」
可愛らしい声が突然聞こえてきて通りに目を向けると、防寒着でモコモコした幼児が踊るように歩いていた。そのすぐ後ろで父親がガードするように見守っている。
雪に喜ぶ小さな子供の姿を俺はしばらく静観して……寒いのに見ていたくて。
なんだか、胸の中でこう、じわじわあったかい気持ち?
まるで幻想の中にいるみたいな、呆けた頭になっていたんだけど。不思議な事に胸の中は……俺の胸の中は、バラバラな破片がひとつひとつ結ばれていくような実感を……
結晶が集まって綺麗なカタチになったみたいに――――叶えたい事が生まれた。
雪、見たいかな?
ガチャ。……ブゥォォ__。
降り始めた雪をフロントガラスに受けながら俺は車を走らせた。
思い出の―――――初雪の舞い降りる場所へ。
見せてあげたかった。
そう、まるで踊るみたいに、天から降りてくる雪の結晶を。
星のように燦めくその白い初雪を。
かけがえのない幸せを覚えた場所で、この車の中から愛しく眺めた……
あの時と同じに、俺も見ていたい。
標識の横浜方面に従って進み、思ったより早く赤レンガ倉庫に到着できた。ガラガラの駐車場……記憶の通りに車を停める。
そして車内ライトを消してフロントガラスのスクリーンで 、、、
――――――!!
画面の隅に歩く人影。
うろうろと空を見上げながら、その場から離れない、ひとりの女性……
俺は運転席で目を見開き、息を忘れ凝視した。
まさか、そう…………なのか?
夢じゃ、ない?
本当に――――――
ガチャ。
答えを探すより前に俺は車を飛び出して、施錠もしたかわからない。
けど、助手席で夏雪の光を灯してたスマホだけは手に握りしめて。大事にジャケットのポケットにしまった。
だって、もしそうなら!
会いたいだろ?
……会わせてやりたいから。
失った子の命を、俺はスマホの待受画面に宿したつもりで、いつもそばにいたんだ。
それで、それで、俺だって!
彼女に会いたい!!
初雪が降るこのときに、一緒に天を見上げたその場所にいるのが――――
会いたくて堪らない、愛しいひとだと信じて!!
「はぁっ、はぁっ、はぁ――――」
俺は激しい心音に突き動かされるように、大きな白い息を飛ばしながらそこへ――――
・・・
最初のコメントを投稿しよう!