シーオー

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 夜の0時を回る頃、自宅玄関の扉が雑に開いた。同時に女の喋り声が廊下に響き、その声は僕のいる104の部屋を通り過ぎて隣の105の部屋へと消えていった。  僕はゆっくりとベッドから立ち上がり、準備していた酒の入った袋を手に持ち廊下に出た。誰かが1階の風呂場のシャワーを使い、2階から洗濯機の音が響いている。  僕は105の部屋をノックした。部屋の中から着替えている最中(さなか)のようなドタバタとした低い足音が地面に伝わった。  「ごめん勘助(かんすけ)。今電話中だからまた今度ね」  アキが部屋の扉を慌ただしく開けてそう言った後、強く閉められた扉の風圧が僕の前髪を揺らした。アキの明るめの長い茶髪と大人びたキレのある目が一瞬脳に焼き付き、クロエの香水の匂いが鼻に残った。  「おーい。アキが今日タコ焼きパーティーやろうって言ったんだぞ。しかも22時から」  僕は扉越しに言葉を投げるように言った。アキは「うんうん」と返事をしていたが、僕に向けられた言葉なのか、電話の相手に相槌を打ったものなのか、どちらか分からなかった。  アキのことを好きになりそうな瞬間が今まで3回あった。ひとつめは、アキがシャワールームから出てきて髪が濡れたまま部屋に戻った時。ふたつめは、僕が家の前のゴミ置き場にゴミを捨てると同時にアキがこの家に帰ってきた時。みっつめは、アキが部屋着のままキッチンに立っていた時。  僕がシェアハウスに住みだして8ヶ月、同じ23の年のアキとたまたま一緒の時期に入居して、12人住みのこの一軒家で隣同士の部屋になった。シャワーもトイレもキッチンも全て共同で、アキはなにもかも綺麗に使い、実家にいた時にどんな過ごし方をしているかおおよそ見当がついた。    夕方、12月にしては暖かい。天気予報によると晴天なのは関東の中でもここ東京だけみたいだ。僕は家から駅前にあるバイト先の居酒屋まで自転車を漕いだ。  古い横開きの扉を鳴らして僕は店に入った。まだ開店前で客はいない。古風な造りの個室が並んでいて、黒ずんだ壁には鉛筆で描かれたような昭和の広告が何枚か貼られている。  朝礼はいつもキッチンの空いたスペースで行われ、バイト全員が揃うと料理長は吸っていたタバコの火を消して軽く腕を組んだ。  「今日から5日間店長が新婚旅行でモルディブに行く。12月の忙しい時期だが3ヶ月前から決まってたことだから後はおれらだけでやるぞ」  料理長がそう言うと、事前に知らされていなかった僕らバイトに僅かなどよめきと黄色い歓声が起こった。しばらくその場はこの話でもちきりだったが、僕は話に混ざることなくキッチンを出て、玄関レジにある今日の予約表を確認した。その7件の予約とお客の人数を隣のパソコンに入力しようとすると「ねえねえ」と前方からリサの声がした。リサの接客用のポニーテールにしたベージュの髪が、白い小顔と赤みがかったリップをさらに強調させていた。  「どうした?」  僕は再び予約表に目を戻して言った。  「店長新婚旅行なんだね」  リサは言った。  「そうみたいだな」  「なんだかいいなーて思って。私、旅行好きで、新婚旅行みたいなイベントに憧れてたから」  リサはそう言って目を(うつむ)けた。  「これからいっぱいできるよ」  僕はほとんど息を吐くように言ってパソコンの前の丸椅子に座った。  「そうね。勘助はどうなの?シェアハウスの彼女さんとは。アキちゃんだっけ?この前もここに2人でご飯食べにきてた」  「いやいや、彼女じゃないって。ただの同居人だから仲良くしてるだけ」  僕はそう言ってとっさに腰に巻いたサロンのポケットにボールペンが2本刺さっているか確認した。  「ほんとかな?」  「ほんとだって。ほら、料理長キレると面倒くさいから仕事しろよ」  そう言って僕はリサを手で振り払った。  「違うの。料理長がね、新しくこのお店のSNSのアカウントを作ったから勘助もフォローしろって」  リサは得意気にポケットから携帯を取り出して僕の顔の前に差し出した。  「悪い、やってないんだSNS」  僕はリサの携帯の画面を手で覆った。  「そうだっけ?やればいいのに」  「そういうのなんか気味悪くて」  「今の時代それだとおじさんだよ」  「わかってるよ」  「わかってるんだ。じゃあまたいつか作ったら教えてね」  そう言ってリサはキッチンへと入っていった。    その日の営業中、僕は盛大にグラスを割った。  トレンチに10個ほど乗せたドリンクを宴会の個室に持っていき、途中でバランスを崩して1つも余すことなくすべてのグラスがその個室のお客の目の前で割れた。ドリンクがお客の脱ぎ捨ててあったジャケットにかかり、グラスの破片がそこらじゅうに飛び散った。その瞬間店が鎮まり返ったのを覚えている。お客にはたまたま空いていた同じ広さの畳の個室に移動してもらい、僕は1人で割れたグラスを掃除した。ジャケットが濡れた40代くらいの男性が僕のことを許せない様子だったが、同じ席の主婦3人が僕の味方になってくれてその場はおさまった。僕がこの店でバイトをして8ヶ月、グラスを割ることは初めてだった。      家に着くと、ちょうどアキが帰ってきていて、靴箱に靴をしまっていた。  「勘助おかえり。今日遅いじゃん。もうすぐ0時だよ」  「うん」  僕は玄関で脱いだ靴を手に持ったままアキの横を素通りして自分の部屋に入った。すぐに追いかけるようにして廊下を走る音が聞こえた。  「勘助どうしたの?」  アキの扉越しのその声は低く鈍く届いた。僕は返事をすることなく仕事着のシャツのままベッドに張り付いた。すぐにアキの気配は消えたが、僕は天井にいくつかある、色が黒く変色した点の部分を見つめた。その変色した点と点のあいだに9ヶ月前に突然いなくなった元彼女のヒナタがぼんやりと浮かんできて、ボブカットの丸い顔と、くりっとした大きな目で見下ろされていた。亡くなったわけでもないし、別れを告げられたわけでもない。浮気されていたのかもしれないが、今では連絡先も知らないし、確かめることができなかった。唯一ヒナタのSNSは知っていたが、楽しそうなヒナタの顔を見ていると開くのが億劫になってSNSごと削除した。それ以来SNSを見るのも嫌になった。  目は半分閉じてきたが、脳ははっきりとしている。時刻はもう1時30分で、着ているシャツの1番上のボタンを外そうとすると、小さく3回扉をノックする音が聞こえた。しばらくたって僕は「はい」と言うと扉をゆっくり開けたアキが心配そうな顔でこちらを見ていた。  「どうした」  僕は言った。  「さっき勘助、すごい怖い顔してたから」  アキはヒョウ柄のぶかぶかなシャツに、下はピンク色のスウェット姿で化粧はしていなかった。今まで何度も見た光景だった。  「それはすまなかったけど、なんだかアキらしくないな」  「スッピンだし、寝る前はだいたいこれくらいのテンション」  アキは自分の体をすべて部屋に入れて扉を閉めた。  「そうか」  僕はため息のように芯のない声を出した。  「私、別にテンション低いわけじゃないよ」  そう言ってアキは後ろ手にもっていたタコ焼き器を出してテーブルの上に置いた。穴が8個しかない小さなタコ焼き器だった。  「お酒も具材も冷蔵庫にあるんでしょ?しんみりやろうよ」  アキはそう言ってテーブルの前に座った。  「いいけど、そんなテンションではないかも」  「わかってる。だからしんみりやろうって。何があったか話したくなったら話して」  僕はその言葉にたいして「おう」と適当な相槌を打ち、ベッドから降りて冷蔵庫にある缶チューハイを2本テーブルに並べた。  「じゃあ、飲みますか」  僕は言った。  「ちょっと待ってね」  アキがそう言って携帯を見ているあいだ、僕は上のシャツを脱いでテーブルの横に置き、乾杯の前に自分の分の酒だけ開けた。  「ほら、これ」  アキは何か探し終えたように携帯を僕の顔の前に差し出した。僕は画面を見た後、すぐに目を逸らした。  「なんで逸らすの。見てよ、SNSで今バズってるタコ焼きの焼き方なんだって」  僕はさらに目を逸らすと、僕の顔を追いかけるようにアキは携帯を縦横に動かした。「いいから」と僕が手で振り払うと「もう」とアキが腕を引っ込めた。その瞬間アキの肘が開けたばかりの缶チューハイにあたり、脱いだシャツの上にばしゃりと飛び散った。「あー」と大きなアキの声が部屋に響き、酒のシュワシュワとした音が流れ出た。  「おい、何やってんだよ」  僕は缶をテーブルに戻し、眉の下がったアキの困り顔を見た。  「ごめん、、」  「ごめんってお前、、お前がそんな動画見せてくるからだろ」  僕がそう言うと、アキは俯けた顔を上げた。  「そんなってなに?うまく焼くのに動画くらい見るでしょ?」  アキは口調を強めて言った。  「別に見なくてもできるだろ。もう、とにかくお前が動画見せてこなければよかった」  「どういうこと?そもそも勘助は携帯避ける必要なかったじゃん」  「もういいって。倒した方が悪い」  「なんでそうなるのよ。何かあるんなら言えばいいのにずっと暗いままでうじうじして。かまって欲しいわけ?」  「うざい。だから最初にそんなテンションじゃないって言っただろ。とにかく、お前がここにこれ持ってきたのが悪い」  僕はタコ焼き器を指さして言った。  アキはしばらく黙り俯いた。僕はベトベトになった手をどこにも触れないように膝のあたりに置き、アキの体の輪郭と空間の狭間をぼんやりと見た。  「出てってくれ」  僕は言った。  「私の家だもん」  「ならこの部屋からいなくなってくれ」  「わかった」  アキは抵抗することなくすっと立ち上がった。  「友達以上家族未満な感じで、楽しかった」  続けてアキはそう言うと、振り向くことなく足早に部屋を出ていった。      新幹線に乗るのは今年の3月、上京する時以来だった。アキと言い合って10日たち、12月26日、僕は実家の名古屋に帰っている。  父も母も元気だった。9か月しかたっていないのに、目に入るすべてが新鮮で、歩いているコンクリートの道の亀裂さえも懐かしく思えた。バイトを休んでまで実家に帰る理由はなかったが、年末年始にバイトをしようとも思えなかった。  元旦に母が、彼女はできた?と聞いてきたので、もうすぐできるかも。と適当なことを言った。そうかん、と笑いながら返事をされたので、僕も、そうかん、なんて久しぶりに聞いた。と笑った。  1月5日まで実家で過ごし、帰りの新幹線は終電の20時に乗ることにした。出発まで20分ほどあり、母が言っていたことを思い出した。  母が昔父と大きな喧嘩をした次の日、父は謝りながら財布をプレゼントしてくれて、その財布の中に『すまぬ』と書かれた紙が入っていて思わず許してしまった。と母は懐かしそうに語っていた。  新幹線が出発するまで残り10分。僕は急いで近くの売店でフルーツサンドの詰め合わせと棒菓子のタコ焼き味を1本買った。  僕の乗っている車両は僕を含め5人しかいなかった。しだいに外の景色は住宅街から山になり、再び住宅街に戻って急にビルが立ち並ぶ都会になった。22時には品川駅に到着し、電車を乗り換えて自宅まで帰る。袋の中のフルーツサンドが傾かないように幾分か気を使った。  家に着き、自分の靴箱に靴を入れる際に105の靴箱を確認すると、スニーカーが2足揃って置かれていた。僕は自分の部屋を通り過ぎて105の部屋をノックすると、ドタバタとした足音が地面に伝わった。扉が開くと同時に僕は持っていた袋を前にかざした。  「ワッツ??」  見知らぬ外人らしき男性が驚いた様子でこちらを見て言った。パーマがかかった短い黒髪で、肌は黒く、口もとには硬そうな髭が生え茂っている。僕は何も言わずに1歩下がった。  「アリガトゴザイマス。アタラシクキタ、『ヴィヌ』デス。ハジメマシテ」  ヴィヌと名乗る男は片言の日本語でそう言うと握手の手を僕に求めてきた。僕は言葉を出すことができず、自分の部屋へと駆け込んだ。部屋の扉を強く閉め、鍵をかけてベッドに座り込んだ。頭でうまく整理することができず、今日1通も見ていなかったメールを確認した。  (本日1月5日、新しい入居者がそちらの家に到着予定です。挨拶をしましょう)  シェアハウスの管理人からのメールだった。入れ替わりの激しいこの家では一月(ひとつき)に一度は届くメールで、すぐに理解はしたが、受け入れることはできなかった。  翌日、101の住居人の女に聞くと、年内に引越しすることを勘助には最後に伝えようと思っていたらしい。と何の悪気もなくさらっとした様子で言い放った。    僕は「4月まで実家に居ることになったので辞めます」と嘘をついた。店長から「そうか、次の環境でも頑張れ」と返事が返ってきた。  1月20日になり、次のバイト先を探す気分ではなかった。昼間、部屋のベッドで携帯ゲームをしていると、上からメッセージの通知が降りてきて、倒そうとしていたボスに覆い被さった。  (やめたんだね。バイト)  リサからだった。僕はすぐにゲームをスライドさせた。  (うん。リサは頑張って)  (私も1月いっぱいで辞めるの)  (そうなんだ、なんで?)  (やっぱり実家の仙台で栄養士になりたいなって。一応専門学校は卒業してるからもう一回頑張る。勘助はなんで辞めるの?)  (こっちも年末実家に帰ってさ、愛知で就職しようかなって考えてるんだよね)  僕はまた嘘をついた。  (そうなんだね。いいと思う。お互い頑張ろうね)  (そうだな。頑張ろう)  (そういえば、アキちゃんのSNS見たよ。可愛いねアキちゃん)  僕はこのメッセージに返事はしなかった。  頭の中にぐるぐると嫌気がさし、黒い感情がうずまいていた。めまいがして心拍数があがり、目の前が白く眩んだ。  魔が差して、僕はおそるおそるSNSを一から登録した。名前とパスワードを設定しているあいだ、自分でも何をやっているのかわからなかった。アカウントの登録が終わり、アキの名前を検索しようとしたが、すぐにやめてヒナタの名前を検索した。関連するアカウントが多くヒットし、すぐにプロフィール写真で付き合っていたヒナタだとわかった。アカウントには鍵がかかっていたが、ヒナタは男との2ショットのトップ画で、お互い車の中の運転席と助手席で笑いながら向き合っている写真だった。僕はその場で携帯を横に放り投げ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。    その日の夜に、僕は歩いて3kmはある小さな隣駅まで歩いた。隣駅はまだ21時だと言うのに閑散としていて、商店街の明かりも乏しく、唯一目立つのはコンビニ店員の女性が店前の旗を畳んでいるところくらいだった。  僕は商店街の一本裏の細い路地を歩いた。前方にかたまって動かない1つの黒い人影があった。何気なくその影に近づくと、占い師のおじいさんがいた。長いあいだそこにハマっているかのように居座っている。学者を研鑽(けんさん)した人のような三角形の帽子を被り、丸メガネと暗い色の布を羽織っていた。  僕は生まれてから占いなど信じたことがない。占いのレベルでわかることはほとんどの場合自分の力でなんとかなるからだ。だが僕は今、この占い師が僕にどんな言葉を投げかけてくれるのか、興味が湧いた。例えば、ヒナタと復縁する方法を知りたいと言ったらどうするのだろうか。  僕はテーブルの前に立った。カードが3枚並んでおり、その隣の白い紙には太くびっしり2,000円と書かれ、立て掛けられていた。  占い師はお掛けくださいと言った。僕は2000円を出して椅子に座り、前に置かれている3枚のカードをまじまじと見た。それぞれ違う動物のシルエットが描かれている。  何を占ってほしいか聞かれたので、僕は今頭の中に3人の女性を思い浮かべている。この中で1番会いたい人は誰かと答えた。占い師は「やってみましょう」と言って両手を広げ、ライオンのシルエットのカードに念をかけるように手をかざした。占い師がカードをひっくり返すと、夜に仮面を被った大きな死神が崖の上で立ち尽くしていて、その死神の後ろに小さな死神がいるカードだった。気味が悪く、僕は、え?大丈夫なの?と口を開いた。  「アナタの会いたい人も、苦労して、悲しんで、それでも希望を持って生きています。この大きな死神はアナタの会いたい人です。そして後ろの小さな死神、悲しそうでしょ?小さな死神が嫉妬してしまうほど、大きな死神はしっかり前を見据えているんです」  占い師は手を合わせながら言った。  「へー。会いたい人は希望を持ってるってこと?」  「そうでございます」  「よくわからないけど、この大きな死神は3人の中の誰なの?」  僕は肘をついて言った。  「はい。カードは夜を示しています。今日、アナタの夢に会いたい人が出てきます」  占い師はそう言って謝っているように深々と頭を下げた。  電車の扉が開き、僕は乗り込んだ。歩いて帰るにはフードを被っても寒く、帰りは電車で帰ることにした。時刻は22時過ぎ、乗客は僕と優先席に身を委ねている体の悪そうなおばあちゃんだけだった。どうやら電車の出発の信号が赤を示しており、すぐには出発しないみたいだ。僕は足を組み、座席に背中をピッタリとくっつけて瞳を閉じた。  9ヶ月前に2年付き合ったヒナタがいなくなった。いなくなる前日、一人暮らしの僕の家に泊まった彼女は少し寂しそうな表情だった。僕が朝起きたら隣にいたヒナタはいなくなっていて、連絡もつかなかった。周りの友人に問いただしたが、妊娠した、浮気した、実はもう冷めていた、多くの憶測が飛び交っていて、どれが真実がわからなかった。  溢れ出た涙の分、上京した時の景色は何ものにも変えがたかった。新幹線を降りたらそこには草原が広がっていて、真ん中に空まで続くような太い木が根を生やしていた。僕はその木に向かって石を投げ続けたが、一向に投げた石は木に届かなかった。それどころかどんどんその木が離れていく気がした。どこまでも追いかけて、これ以上走れなくなったところで後ろから女性の声が聞こえた。その女性からいきなり仮面を渡された。何を言っているか聞きとることはできなかったが、夢の中でもかすかにクロエの匂いが香った。  体がびくりとなった。慌てて外を見ると、もうすぐ最寄駅で、電車がスピードを緩めていた。僕は携帯でSNSを開いてアキのページへ飛んだ。アカウントには鍵がかかっていたが、自己紹介の欄に『女磨きまじがんばる』と書かれていた。僕にはこの言葉の中の片隅に僕が存在しているような気がして、それだけで「ふっ」と鼻で笑えてしまった。僕は立ち上がってもうすぐ止まる電車の扉に映る自分を見つめた。後ろには優先席のおばあちゃんが小さく丸くなっている。ふと車内に影ができた。その瞬間僕は大きな死神だった。
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